イギリスの歴史まとめ

国々の歴史
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 年表と地図で説明するわかりやすいイギリス史です。古代から現代までの流れを5分でつかめます。

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1、古代:ローマによる支配

ローマによる支配
  • 紀元前9世紀
    ケルト人の侵入

     イギリスの先住民族がやってきます。

  • 紀元前55年
    ローマ軍の侵入

     当時、地中海を支配する大帝国へと変貌を遂げつつあったローマがドーバー海峡を渡ってやってきました。

     ちなみに、ローマ軍の将軍は「ユリウス・カエサル」。

  • 44年
    ローマ属州ブリタンニア

     ローマの軍門に下ります。この時に、ロンディニウム(現・ロンドン)が建設されます。

     「世界史の勉強」と考えると感覚が麻痺してしまいますが、イタリアがイギリスを支配していたと考えると、かなり衝撃的です。

  • 409年
    ブリタンニア属州の放棄
    ローマ帝国の東西分裂

    ゲルマン民族の攻撃で弱ったローマ帝国はブリタンニア属州を放棄します。

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2、中世:七王国時代

分裂から統一へ
  • 5世紀
    七王国(ヘプターキー)

     ゲルマン人の一派のアングロサクソン人が七王国を築きました。

  • 598年
    キリスト教の(正式な)伝来
    12世紀に建てられたカンタベリ大聖堂

     イギリスへのキリスト教布教がなされました。中心地がカンタベリで、今のイギリス国教会の総本山になってます。

  • 827年
    エグバードのイングランド統一

     七王国のウェセックス王エグバードが、イングランドを統一します。

  • 900年ごろ
    アルフレッド大王

     アルフレッド大王は、デーン人と呼ばれる海賊集団から、ロンドンを奪還。デーン人の侵攻を阻止しました。

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3、中世:ノルマン朝とプランタジネット朝

フランス出身者による支配
  • 1066年
    ノルマン=コンクウェスト

     フランスのノルマンディ公ウィリアムがイングランドを征服します。これをノルマン=コンクウェストと言います。

     もし日本なら、中国人か韓国人が京都を攻め落とし、宮中で中国語か韓国語が使われるようになったことに相当します。

  • 1066年〜
    ノルマン朝
    ノルマン朝

     ノルマン朝が成立。イングランドを統一します。

  • 1154年〜
    プランタジネット朝
    プランタジネット朝・アンジュー帝国

     1154年、ノルマン朝が断絶すると、アンジュー伯アンリがプランタジネット朝を創始しました。

     アンリはフランスにも広大な領土を持っていたので、アンジュー帝国とも言ったりします。

  • 11世紀末
    オックスフォード大学
    オックスフォード大学

     イギリスのトップ大学はオックスフォード大学とケンブリッジ大学(通称・オックスブリッジ)ですが、11世紀末にはすでに誕生しています。

  • 1215年
    マグナ=カルタ

     王の失政に対し、貴族は国王の権力を抑える「マグナ=カルタ」を認めさせました。

     マグナ=カルタは、国の権力を憲法で抑制する「立憲主義」の考え方の始まりとみなされていて、イギリス人の誇りです。

  • 1282年
    ウェールズの征服

     エドワード1世はウェールズを征服。以後、ウェールズはイングランドにくっつきます。

  • 1337~1453年
    英仏百年戦争

     イングランド王は、アンジュー伯でもあります。ですから、

    フランス王「家臣のクセに」

    イングランド王目線「俺らは対等だろ?」

    となるわけです。この対立は多くの戦争を生みました。決着は英仏百年戦争でつきました。

     イングランドは敗北。大陸領を失い、見慣れた英仏国境がやっと形成されました。

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4、近世:テューダー朝

  • 1455〜85年
    バラ戦争

     家紋が紅バラのランカスター家、白バラのヨーク家の王位継承権争い。

     ちなみに、1467~77年、日本では応仁の乱が勃発してます。

  • 1485年〜
    テューダー朝

     ヘンリ7世がテューダー朝が創始します。テューダー朝は絶対王政を築きます。

    クレーフェ『1531年のヘンリ8世』、1531年

     というのも、2代目ヘンリ8世は、カトリックと決別。ローマ教皇ではなく、王に従うイギリス国教会を創設することで王権を強化したからです。

  • 1600年
    東インド貿易会社

     エリザベス1世が海外進出を目指して、東インド貿易会社を設立します。

  • 1603年
    エリザベス女王の死

     エリザベス女王は結婚しなかったため、テューダー朝は断絶しました。結婚してないので、処女王と呼ばれました。

     ちなみに、米国ヴァージニア州は、エリザベス女王の愛人が献上した植民地が由来です。

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5、近世:ステュアート朝と革命

  • 1603年〜
    ステュアート朝
    イギリスの歴史 ステュアート朝の地図

     テューダー朝が断絶したのを受けて、スコットランド王家がイングランド王家を兼任しました。同君連合の成立です。

    スコットランドの首都エディンバラ

     ちなみに、スコットランドの首都エディンバラはめちゃめちゃ中世ヨーロッパ感のある街です。

  • 1642〜60年
    ピューリタン革命

     国王と地方領主の宗教的経済的な対立から革命が勃発します。

     ただし、国政が混乱したので結局、王が戻ってきます。

  • 1688年
    名誉革命

     宗教上の対立から王が廃位されます。「権利の章典」という法律が生まれした。

     国王の権力を抑制し、議会に権力を集めるのです。立憲君主制の誕生です。

  • 1707年
    グレートブリテン王国の成立
    イギリスの歴史 スコットランド合同 アイルランド併合 地図

     アン女王のとき、スコットランドとイングランドが統合され、グレートブリテン王国が成立します。

     アイルランドが併合されるのは1801年です。

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6、近代:大英帝国

  • 1689~1815年
    英仏植民地戦争

     イギリスとフランスが植民地を拡大。ヨーロッパで、ヨーロッパ外で、戦争しました。第二次英仏百年戦争ともいわれます。

     結果、イギリスはヨーロッパ外に勢力を拡大。大英帝国を建設するのです。

  • 1700年代中盤
    イギリス産業革命

     人の手で生産していた生産形態が、機会を用いた生産形態に移行。結果、生産効率が爆発的に増大します。

     こうして、イギリスは「世界の工場」へと変貌を遂げました。

  • 大英帝国の威容
    イギリスの歴史 大英帝国の植民地 地図

     強力な海軍力と経済力で持って全世界に支配権を広げました。これが「大英帝国」です。

     大英帝国はインド・中国を毒牙にかけ、アメリカ合衆国という落し子を生みました。

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7、現代:帝国の落日

  • 1870年代
    帝国主義の時代へ

     世界で産業革命が進展。ヨーロッパ・アメリカ・日本らの植民地獲得競争の時代になります。帝国主義の時代です。

  • 1914~18年
    第一次世界大戦

    バルカン半島の民族問題を火種で、ヨーロッパ全土を巻き込んだ戦争が勃発。

     さらに、植民地を巻き込んだ世界大戦へと発展した結果、インドやエジプトやアイルランドで独立運動が盛り上がります。

  • 1927年
    アイルランド独立
    イギリスの歴史 グレートブリテン島及び北アイルランド連合王国


     1927年、アイルランドが独立しました。ただし、このとき、宗教的にイギリスと同じ北アイルランドは残留しました。

  • 1939〜45年
    第二次世界大戦

     ヒトラー率いるドイツが再びヨーロッパに侵攻。第一次世界大戦と異なり、フランスが陥ち、ドーバー海峡が前線になりました。

     勝利するも、大英帝国として覇権を握っていた頃の力はもうなくなっていました。

     1947年のインド独立を機に、各地の植民地が独立。大英帝国は瓦解しました。

  • 現在
    イギリスの今

     イギリスは植民地は失いましたが、情報網・金融力・科学研究力に優れ、存在感は健在です。

     また、彼らの母国語が全世界で通じるのは非常に羨ましい限りです。

参考書籍


世界史図説タペストリー(帝国書院):歴史地図作成で参考

 


高校世界史教科書『世界史B』(実教出版):掲載事項の選定に利用

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