3分でわかる東アジア史の流れ

地域史の流れ
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東アジア史が秒でわかります。

<地域史の流れ&地理シリーズ>

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1、東アジアとは?

中国の地理

 ユーラシア大陸の東にある地域です。中国・朝鮮半島・日本がその範囲です。

 南部は温帯で緑がありますが、内陸部と北部には砂漠が広がっています。

 中国の首都は長江か黄河に近い都市に置かれました。 

2、東アジアの歴史まとめ

 それでは、東アジア(中国)の歴史を見ていきましょう。

黄河文明と長江文明

 数千年前、黄河文明長江文明が勃興した。やがて、黄河流域の国々が長江流域を支配下におくようになる。

中国の統一

  • 前221年〜前206年
    初代中国統一王朝:秦
    2200年前の中国の初代統一王朝

 前221年、中国大陸で統一王朝・が誕生。すぐに滅びたが、次の王朝が400年ほど継続し、「漢民族」のアイデンティティを作った。

 中国の首都は多くの時代、世界最大の都市であった。ちなみに、1820年の中国の推計GDPは世界の32%に達し、2位のインドに16%の差をつけてダントツの一位である。当時、大英帝国のイギリス本国GDPは、中国の6分の1に過ぎない。(マディソン)

北方民族との戦い

 モンゴル高原の遊牧民族とは、対立関係にあった。遊牧民族は少人数ながらも馬の機動力を生かした軍事力があったからだ。漢民族は、時に北方の遊牧民族を征服し、時に征服された。

北方との関係性の例
  • 700年代
    異民族を支配した唐
  • 1271〜1368年
    異民族モンゴルが支配した元
    13世紀のモンゴル帝国

 一方で、チベット高原・朝鮮半島・日本列島の国家は概ね独立を維持した。

強大化するヨーロッパと日本

 近代に入ると、中国は欧米による半植民地化の波にのまれた。北方を闊歩していた遊牧民に代わって、ロシアが登場した。

 中国がイギリスに敗北したのを見て、日本では260年続いた江戸幕府が滅亡。明治政府が樹立され、近代化を推進した。この明治維新後、日本は急速に国力を増強。朝鮮・台湾を飲み込んだ。

 日本は、15年戦争で中国進出・東南アジア進出を目論み、一瞬、東アジア全域に勢力を伸ばしたが、アメリカによって失敗させられた。日本は、アジアに現在もくすぶる遺恨を残した。

復興の時代

 戦後、東アジアは、日本・韓国・中国の順に国力を回復していった。

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