3分でわかるヨーロッパ史の流れ&地理

地域史の流れ
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 高校世界史をより理解しやすくするために、ヨーロッパ史の流れをざざっと見ていきましょう!

<地域史の流れ&地理シリーズ>

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受験世界史の地図

1、ヨーロッパの地理

 人間が平等であれば、歴史は人ではなく土地が決定する。なら、地理を学ぶことは重要であるということに同意いただけるだろう。

 さて、まず、ヨーロッパの地理である。

南ヨーロッパ(地中海沿岸)

 南ヨーロッパは緑はあるが乾燥している。イタリア半島の付け根、イベリア半島の付け根、バルカン半島には山脈があり、北と分かれている。

 この地域の全域は、古代ローマ帝国が支配下にあったことがある。そのため、「ラテン系」である。

西ヨーロッパ(太平洋沿岸)

 西ヨーロッパは暖流と偏西風の影響で降水量がそこそこあり、安定した気候である。

 地中海が貿易で繁栄した古代・中世は辺境地帯だった。しかし、大航海時代以降、発展を遂げ、今ではヨーロッパで最も豊かな地域である。

東ヨーロッパ(内陸部)

 東ヨーロッパは、内陸になると降水量は少ない上、冬は極寒の季節となる。

 イスラーム文明と近く中世においては、西ヨーロッパより繁栄した。東ヨーロッパの盟主は、東ローマ帝国→ロシア。

2、ヨーロッパの歴史

古代

南ヨーロッパ

 エーゲ海で古代ギリシア文明が勃興し、広大な古代ローマ帝国に受け継がれた。

  ギリシア・ローマは今のヨーロッパの基底文化を築く。

他のヨーロッパ地域

 ケルト人やゲルマン人が住んでいた。ローマ人は彼らを野蛮人とみなした。

中世

西ヨーロッパ

 4世紀のローマ帝国の弱体化とともに、キリスト教がヨーロッパを席巻する暗黒の中世が到来する。

 11世紀〜15世紀にかけて、イスラームに保存されていた古代ギリシア・ローマの文明を摂取。ルネサンス(文芸復興)が起きる。

東ヨーロッパ

 東ローマ帝国(ビザンツ帝国)がこの地の盟主として、395年〜1453年の1000年にわたり君臨した。

近世

西ヨーロッパ

 大航海時代に世界中に交易路を拡大した。この時に絶対主義がとられ、各地で強力な王権が生まれた。

東ヨーロッパ

 1453年、オスマン帝国が東ローマ帝国を滅ぼす。やがて、オスマン帝国がバルカン半島を制圧し、異教徒の手に陥ちる。 

 これを受けて、ロシアが東ローマ帝国の後継国家を自認するようになる。

近代

西ヨーロッパ

 18世紀、イギリスに産業革命が勃興すると、科学力と経済力で世界を植民地化。

 しかし、ヨーロッパの各国が帝国主義に走った結果。20世紀、二度の世界大戦で疲弊し植民地を失った。

東ヨーロッパ

 西ヨーロッパが、オスマン帝国からバルカン半島を解放、ヨーロッパに復帰した。特に、ヨーロッパの基底文化を築いたギリシアの回復は、対イスラームの世界観で最も大きな出来事だった。

 しかし、自立したバルカン諸民族・ロシア・ドイツ・イギリスの利害が絡み合う「ヨーロッパの火薬庫」となり、第一次世界大戦の原因となった。

現代

冷戦期の西ヨーロッパ

 第二次世界大戦後、アメリカ合衆国が率いる自由主義陣営に属した。

冷戦期の東ヨーロッパ

 第二次世界大戦後、ソヴィエト連邦が率いる社会主義陣営に属した。

冷戦後のヨーロッパ

 戦争を繰り返さないためフランスを中心に欧州統合が進められ、ヨーロッパ連合(EU)が成立した。

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