負の外部性にどう対処すべきか?

厚生経済学

 なぜ公害が起きてしまうのでしょうか?

 公害とは、社会が得る便益以上に、社会に被害をもたらす人間活動です。

 便益と費用の釣り合いが大事です。

 自動車の例を考えましょう。

 自動車の存在は騒音、大気汚染、交通事故リスクの上昇などという社会的費用がかかります。

 しかし、だれも自動車を公害とは言わないのは、自動車が交通の便をよくするという大きな便益を与えてくれるからです。

 では、公害はどのように発生し、どのように管理することができるのでしょうか?

1、公害の発生メカニズム

(1)通常の経済

 人間は公害を起こすために公害を起こしているわけではありません。

 なにかしらの有益な経済活動のわきで、望まない形で発生するのが公害です。

 ここで通常の市場を考えてみます。

 限界費用曲線に合わせて供給曲線が引かれ、限界評価曲線に合わせて需要曲線が引かれます。

 需給曲線の交点で価格と需給量が決定され、このとき社会的余剰は最大化します。

 

(2)負の外部性が存在する場合

 しかし、取引にかかわっていない第三者が損失を被っていたとしましょう。(負の外部性、正確には負の技術的外部性

 この新しく加わった損失を限界損失として計上します。すると

  • 社会的限界費用=私的限界費用+限界損失

とかけます。

  • 限界評価>社会的費用のとき、社会的余剰はプラス
  • 限界評価<社会的費用のとき、社会的余剰はマイナス(死荷重

になります。

 

 私的限界費用しか市場に反映されませんから、上の図のように生産と消費が決定されます。

 そして、死荷重が発生してしまうのです。

(3)公害の発生原因

 このように考えると公害の発生原因は、

  • 過度な企業活動

という企業モラルではなく、

  • 市場価格に社会的な費用が反映されず、過剰供給してしまう

という市場構造に帰せられます。

 これは外部性が発生すると必ず生まれるので、「市場の失敗」といいます。

2、[解決策]外部性の内部化

 では、どのように公害を適切な規模に抑えて、社会的余剰を最大化すべきでしょうか?

 いくつかの方法が考えられます。

(1)第三者との合併

 一つ目は、供給者と第三者を合併し、費用を共同負担するというやり方です。

 例えば、廃液を出す化学企業と漁業企業を合併するという方法です。

 合併後の私的費用には、もともとの私的費用と限界損失が組み込まれます。

 したがってて、次のように自然に社会的余剰が最大化されます。

 ただし、現実に行うのは難しいです。

 合併後も旧組織での派閥争いが発生する可能性が大きいからです。

(2)交渉による解決(コースの定理)

 二つ目は交渉により、まず

  • 総余剰を最大化

し、次に

  • 補償を通じて利益を分配

するというステップを取ることで社会的余剰を最大化するというものです。

 ロナルド・コースによれば

  1. 交渉コストが低ければ当事者の交渉により効率的な結果がもたらされる。
  2. 消費者の満足が消費者余剰で表現できるなら、外部効果の所有権を誰が持っているかにかかわらず、同一の生産量が実現する。

とのことです。(コースの定理)

 ただし、交渉コストという概念はイメージ先行で明確な定義がありません。

 それに交渉コストは大きいことが普通ですので、やはり交渉による解決も難しいでしょう。

(3)政府によるピグー税

 公的な解決策には二つの方法がある。

 ピグー税がその一つである。

 ピグー税とは、企業側に課税して生産量を最適に抑える方法である。

  • ゼロから生産を増やすと、企業はお金を払わされる

という仕組みで、

  • 限界損失=ピグー税

とすると、社会的余剰が最大化する。

 負の外部性を減らすための費用を、企業側に負担してもらおうという発想である。

 具体的な利益配分は下のようになります。

 政府の税収は、第三者に何らかの形で補償すれば公平性も保たれる。

(4)ピグー補助金

 ピグー補助金は、公的な解決策の2つ目である。

 ピグー補助金とは、企業側に補助金を出して生産量を最適に抑える方法である。

  • 過剰生産から生産を減らすと、企業はお金をもらえる

という仕組みで、

  • 限界損失=ピグー補助金

とすると、社会的余剰が最大化する。

 負の外部性を減らすための費用を、政府に負担してもらおうという発想である。

 政府は税収でなりたっているので、社会全体で負担するとも考えられる。

 具体的な利益配分は下のようになります。

 負の外部性は第三者の損のままで、「おかしいのでは?」となる人もいるでしょう。

 これが公平であるためには、企業側に理がある場合でしょう。

 例えば、もともと企業側がこの地でずっと活動していた場合などです。