1.一般均衡理論の意義と批判

一般均衡理論

 学部ミクロ経済学の一つの到達点である一般均衡理論には、どのような評価をくだすべきでしょうか?

 わけのわからない机上の空論にすぎないのでしょうか?

 この記事では、一般均衡理論の意義と批判を考えます。

1、一般均衡理論の意義

(1)先行研究:部分均衡理論

 1890年にマーシャルが需要曲線と供給曲線を中心に経済原理を語り始めて、はじめて「経済学」が成立しました。

 マーシャルはそれまでの

  • [費用価値説]費用のかかったものは価値が高い
  • [効用価値説]消費者の満足をより多く満たすものは価値が高い

という対立を

紙を切るのはハサミの上の刃か下の刃か

と同じでナンセンスと否定し、価値論の新しい地平を切り拓きました。

 具体的には

  • 費用価値説→供給曲線
  • 効用価値説→需要曲線

という形で両者を統合して考えたのです。

 ただ、これは1つの財についてしか議論できない限定的なモデルでした。

 現代では需要曲線と供給曲線での分析を「部分」均衡理論と言います。

 ここに、複数財、最終的にはn財の資源配分について議論する新しい理論の必要性が生まれました。

 一般均衡理論はまさにこの必要性に応えた理論です。

(2)市場均衡の存在証明

 n財の市場経済について重要になってくるのは、市場均衡は存在するのか?という問題でした。

 というのも部分均衡理論では「市場均衡が社会的余剰を最大化するので最も良い」との主張がなされていたが、当の市場均衡が存在しなければすべてご破産になってしまうからです。

 しかし、1950年代に位相数学という高等数学の導入により、存在が証明されます。

 しかもこの際に用いた仮定は「超過需要は不連続に変化しない」という条件で、かなりゆるかったのです。

 こうして、経済学は一般性をもつ社会理論として一つの到達点に達しました。

(3)厚生経済学の基本定理

 また、同じ時期に規範分析も一つの到達点に達しました。

 厚生経済学の基本定理です。

  • 第一基本定理:市場均衡は効率性をもつ
  • 第二基本定理:所得分配と市場を組み合わせれば公平性も操作できる

 これらも多少の仮定を付け加えられた後、数学的な証明が付与されました。

 市場経済が倫理的正当性を獲得し、さらにその公平性の棄損に関する処方箋が示された瞬間でした。

 政府は人々と企業の自由な行動を侵害せず、適切な所得分配を実施することとが重要であるという基本方針です。

 1940年末からはじまる東西冷戦の激化によって資本主義の優位性をしめす必要があったという時代背景もありました。

2、批判

 しかし、いくら体系として美しくても一般均衡理論はさまざまな問題点を含んでいます。

(1)完全競争は崩れる

 一般均衡理論は完全競争という仮定を採用しています。

 人々は無数に存在し、企業は自由競争をしているため、だれも価格支配力をもたないという仮定です。

 しかし、現実には「この財といえばこの企業」というブランドがうまれて、少数の企業が勝ち残ります。

 結果、完全競争の仮定は崩れます。

 公正取引委員会は適切な競争環境を守るために存在しますが、完全競争を実現するほどの力をもっていません。

 なお、完全競争が崩れた世界での人間行動の一般理論に関しては、ゲーム理論が取り扱っています。

(2)外部性をモデル化できていない

 市場では、便益と費用がすべて反映されると適切な財供給と需要が達成されます。

 しかし、取引に反映されている便益や費用以外に、便益や費用があった場合、市場均衡は適切とはいえなくなります。

 例えば、公害は、取引に工場の稼働費用は含まれれるものの、汚染による社会的費用が含まれていないことから、生まれます。

(3)誰もが情報を知っているわけではない

 一般均衡理論では、誰もがすべての情報を知っていると考えていました。

 しかし、現実には商品に関する知識は企業の方がもっています。

 この結果、非効率性が生まれます。

 なお、情報の非対称性に関する「情報の経済学」は20世紀後半の一大経済学テーマになりま