アイルランドの歴史まとめ

国々の歴史
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 高校世界史の範囲(から少し超える程度)でアイルランドの歴史をまとめました。初学者の方は太字の部分をザザーっと読んでみるといいと思います。

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1、先史時代

アイルランドの歴史年表1
  • 紀元前7500年ごろ
    アイルランドに人類が出現

     アイルランドの先史時代が始まった。

  • 紀元前2300年ごろ
    青銅器時代
  • 紀元前600年ごろ
    鉄器時代
  • 紀元後44年
    (ローマ帝国がブリテン島を植民地化)
    ローマ時代のイギリス

    ブリテン島情勢:ローマ帝国が、東のブリテン島をブリタンニア属州として植民地化した。 

    アイルランド情勢:アイルランドはローマ帝国の支配下に入らなかった

2、キリスト教化したアイルランド

アイルランドの歴史2
  • 紀元432年
    キリスト教の布教
    アイルランドの聖パトリック像
    聖パトリック像(Photo by Matteo Grando on Unsplash)

    宗教:聖パトリックのキリスト教を布教

    歴史的意義:多神教からキリスト教への改宗が進んだ。

  • アイルランドのキリスト教

    宗教:修道院を中心にキリスト教を発展

    →「聖者と学者の島」と呼ばれるようになる。

     アイルランドの修道院は、ブリテン島やヨーロッパ大陸に影響力を及ぼすほど、レベルが高かった。

  • 9〜11世紀
    バイキングの襲来
    ノルマン人の国(第二次民族大移動)

    ヨーロッパ情勢:9〜11世紀、第二次大民族移動(ノルマン人の大移動)

    アイルランド情勢:北欧からヴァイキング(ノルマン人)がやってきた。

    歴史的意義:ヴァイキングは、海と川沿いに宿営地を作った。この時に作られたもので、最も有名であるのが、ダブリン(現・首都)である。

  • バイキングとアイルランドの抗争

    アイルランド情勢:ヴァイキングは内陸を支配せず、アイルランドの諸王と抗争した。

  • 1014年
    ブライアン・ボルの勝利

     ブライアン・ボルは、1014年、クロンターフの戦いで、ヴァイキングを追放した。

     ブライアン・ボルは、上王(high king)としてアイルランド全土に一定の影響力を及ぼした。

3、ノルマン・アイルランド

アイルランドの歴史年表3
  • 1066年
    (ノルマン朝イングランドの成立)
    イギリスのノルマン朝

    イングランド情勢:1066年、フランスのノルマンディー公がイングランドでノルマン朝を創始した。

  • 1154年
    (プランタジネット朝イングランドの成立)

    イングランド情勢:1154年、フランスのアンジュー伯がプランタジネット朝イングランドを創始した。

  • 1171年
    ヘンリー2世のアイルランド上陸

    アイルランドの内紛に介入したヘンリー2世は、アイルランド太守に息子ジョンを任命した。

  • 1199年
    イングランドが宗主国へ
    イギリスのプランタジネット朝・アンジュー帝国

     1199年、ジョン王が即位。

    歴史的意義:アイルランドはイングランド王の支配下となった。

    補足:アンジュー伯はイングランド・フランス・アイルランドにまたがる広大な領土をもっていたので、これらをアンジュー帝国ともいう。

  • 1250年
    アイルランドの3/4がイングランド王の支配下

     13世紀半ば、アイルランドではイングランド王の支配領域が3/4にも及んだ。

  • その後
    イングランドの影響力低下

     アイルランドの領主たちの抵抗により、イングランドの支配領域は減少。

     特に、14世紀の黒死病はイギリスの支配に打撃を与え、イギリスの拠点はダブリンのみとなった。

    歴史的意義:イングランドの支配は実質的に終わる。

4、近世アイルランド

アイルランドの歴史年表4
  • 1485年
    (テューダー朝イングランドの成立)

    イングランド情勢:英仏百年戦争、薔薇戦争を終えたイングランドでテューダー朝が創始された。

  • 1536年
    ヘンリー8世のアイルランドの反乱鎮圧
    イギリスのヘンリー8世
    ヘンリー8世(wiki)

     テューダー朝イングランドのヘンリー8世が、アイルランドでの反乱を鎮圧。アイルランドの安全保障上の重要性を認識し、再征服を決意する。

  • 1541年
    ヘンリー8世がアイルランド王即位を宣言

     ヘンリー8世はアイルランドをアイルランド領からアイルランド王国へ格上げし、自らがアイルランド王として即位した。

    歴史的意義:アイルランドが形式的にはイングランドの支配下に入る。

  • 16世紀後半
    アイルランド再征服の進展

     イングランドによるアイルランド支配が実質的なものになるのには、さらに数十年と多くの血を必要とした。

    経緯:「プランテーション」:土地没収政策

    終結:1603年、北アイルランドの要塞が陥落

    歴史的意義:このとき、北アイルランドにイングランド人・スコットランド人の入植が進み、現代の北アイルランド問題に繋がる

    補足:「宗教改革の押し付け」:カトリックのアイルランドに、プロテスタントのイギリス国教会を強要した。

  • 1603年
    (ステュアート朝イングランドの成立)
    イギリスのステュアート朝

    イングランド情勢:処女王エリザベスのため、テューダー朝が断絶。新しくステュアート朝が成立した。

  • 1641年
    アイルランド反乱

     カトリック抑制策に反発したアイルランド人が反乱を起こした。

  • 1642年〜49年
    (イングランドのピューリタン革命)

     同時期に起こっていたスコットランド反乱の対処で議会が紛糾。結果、ピューリタン革命が発生する。

     そして、1649年、イングランド国王チャールズ1世は処刑されるにまで至る。

  • 1649年
    クロムウェルのアイルランド征服
    イギリスのクロムウェル
    クロムウェル(wiki)

     国王なき共和政イングランドの実権は、クロムウェルが握った。

     クロムウェルは、アイルランドの征服を開始。征服は過酷を極め、戦前の人口の半分が死亡するか奴隷となった。

    結果:アイルランドの植民地化

  • 1689年
    (イングランドの名誉革命)

    イングランド情勢:名誉革命が発生し、ジェームズ2世は廃位され、ウィリアム3世が即位した。

  • 1690年
    ウィリアム王戦争

    ヨーロッパ情勢:ヨーロッパ大陸支配を目論むルイ14世は、廃位されたジェームズ2世を支持。アイルランドに出兵した。

    アイルランド側:カトリックのルイ14世とジェームズ2世を支持した。

    結果:プロテスタントのウィリアム3世に敗北し、イングランドによる支配が強化された。

  • 18世紀
    アイルランドの社会状況

    社会:イギリス人の不在地主が、アイルランド人の小作人を管理する社会

    問題点:不在地主はリーダーシップを取れず、非効率。さらに、アイルランドからの輸出が目的であり、アイルランド農民が食べる食糧が不足。

    結果:生産性の高いジャガイモの栽培が普及

    人口動態:とはいえ18世紀は平和であったので、人口は400万人に倍増した

5、イギリス時代

アイルランドの歴史年表5
  • 1707年
    (グレートブリテン王国の成立)

    イングランド情勢:スコットランドとイングランドが合同し、グレートブリテン王国が成立した。

  • 1801年
    アイルランド併合
    イギリスの歴史:スコットランド合同、アイルランド併合

     1800年、合同法が成立。1801年、アイルランドは併合された。

    歴史的意義:「グレートブリテン島およびアイルランド連合王国」の成立

  • 1829年
    カトリック教徒解放法成立

     アイルランド人の地位向上を目指したオコンネルが、カトリック教徒解放法を成立させた。

     これにより、カトリック教徒のアイルランド人が公職に就任することが可能となった。

  • 1845〜49年
    ジャガイモ飢饉

     アイルランド史において最も重要な出来事の一つである。

    背景:貧しいアイルランド人は、生産性の高いジャガイモを主食としていた

    原因1:ヨーロッパでジャガイモ疾病が流行り、壊滅的な打撃を与えた

    原因2:イギリスにいる不在地主は自分の金の心配だけして農民を助けようとしなかった

    原因3:イギリス政府は支援を土地を持たない人に限定したので、貧しい農民が土地を手放し、状況が悪化した

    ダブリンの飢饉追悼像(wiki)

    結果:もともと800万人程度の人口のうち、100万人が死亡。200万人が国外脱出。現在でも大飢饉以前の人口に回復していない。

    歴史的意義1:アイルランド発展の道が断たれた。

    歴史的意義2:アイルランド系移民は、大きな存在感を発揮している。アメリカ経済や政治に大きな影響力を持つ。アメリカに4000万人全世界に7000万人アイルランド系の子孫がいる。

    歴史的意義3:アイルランド語話者が激減。英語の優位が確立した。

6、アイルランドの独立と現在

アイルランドの歴史年表6
  • 1848年
    諸国民の春

    ヨーロッパ情勢:ウィーン体制が崩壊することになる1848年、ヨーロッパ全土を自由主義と民族主義が覆った。

    アイルランド:民族主義的な反乱がおきた。ただし、他のヨーロッパ各地と同じように鎮圧された。

  • 1880〜90年代
    アイルランド自治法案

     グラッドストン自由党内閣で2度提出されたが成立しなかった。

  • 1900年前後
    土地法の改正

     土地の所有権が徐々に農民に移り、不在地主の時代は終わった。

  • 1914〜18年
    (第一次世界大戦)
    第一次世界大戦

     1914年、第一次世界大戦が勃発した。

  • 1916年
    イースター蜂起

    背景:アイルランド自治法が、1914年に成立する予定だった

    原因:第一次世界大戦で延期

    結果:1916年、シン=フェイン党が蜂起した

  • 1919〜21年
    アイルランド独立戦争

    原因:1918年、シン=フェイン党が総選挙で圧勝した。1919年、「アイルランド共和国」の成立を宣言。

    経緯:アイルランド共和国軍とイギリスの治安部隊が衝突

    結果1:1921年、「アイルランド自由国」としてイギリス連邦内の自治領と認められる

    結果2:北アイルランドのアルスター地方はイギリス側に残留した

  • 1927年
    (イギリスの国号変更)
    グレートブリテン島および北アイルランド連合王国

    イングランド情勢:1927年、イギリスの国号が「グレートブリテン島および北アイルランド連合王国」へと変更された。

  • 1937年
    独立宣言

     1937年、アイルランド自由国が憲法を定め、独立国家「エール(Éire)」となることを宣言。

    第二次世界大戦

     1939〜45年の第二次世界大戦でも中立をつらぬいた。

  • 1949年
    アイルランド共和国の完全独立

     1949年、アイルランドはイギリス連邦から離脱した。

     国号もアイルランド共和国に改称し、現在のアイルランドができた。

  • 戦後
    北アイルランド紛争

     北アイルランドのアルスター地方がまだイギリスに残留しているため、テロが横行した。

    テロ組織:IRA(アイルランド共和軍)

    終結:2005年、武装解除

  • 現在
    今のアイルランド
    ダブリン(Photo by . on Unsplash)

    首都:ダブリン

    人口:450万人

    面積:7万平方キロメートル

    通貨:ユーロ

    宗教:86%がカトリック

    言語:話者的には英語。第一公用語はアイルランド語

    経済:近年めざましい発展を遂げ、EUの中で2番目に一人当たりGDPが大きい。

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