理解という現象

 理解できると気持ちがいいですし、理解できないと気持ち悪いです。では、理解とはどういう現象なのでしょうか。

要約

 人は既知の情報に帰着させられれば、理解したと安心することができます。逆に言えば、どこを既知とするかというブラックボックス化のセンスが、理解という現象を大きく左右するのです。

理解したという安心感

 理解したとは、「前から知っていることで説明できる」という感覚に過ぎません。そして、重要なのは「前から知っていること」は改めて説明する必要はないということです。

 次を理解する上で、我々は「変数X」と「関数F」についてのみ知っていれば、「理解した」と言えます。

$$Y=F(X)$$

 例えば、X=1、F(X)=2X+1であることを知っていれば、Y=3であることを理解できます。なぜX=1なのか、なぜF(X)=2X+1なのかは、改めて説明する必要はないのです。

 これは、人が推論の出発点をブラックボックスにしたまま、「理解した」という安心感を得ることができることを意味します。

ブラックボックス化のセンス

 そして、どこをブラックボックスにしたままにしておけるか、というのはその人のセンスです。浅すぎても偏ってしまいますし、深すぎても計算に時間がかかり過ぎます。

 勉強のときに変なところが気になってしまって躓くのは、このタイプのセンスの問題かもしれません。ブラックボックスにしていいところ、してはいけないところを見分ける感性も、「要領の良さ」の大切な一部なのでしょう。

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