【映画】キングダム/ 前3世紀・中国の戦国時代

世界史映画
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 キングダムを高校世界史の範囲から解説します。

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1、あらすじ

映画『キングダム』予告
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 時は戦国時代。血で血を洗う戦いは500年も繰り広げられることになる。

 物語は戦国時代末期、奴隷小屋で信(役者=山崎賢人)と漂(役者=吉沢亮)の二人の少年が出会うことから始まる。二人は出世のために剣の道に邁進すると誓った。

 その数年後、漂は、秦の高官に取り立てられ王宮に出仕することとなった。快く送り出した信であったが、まもなく無惨な姿の漂を看取ることになる。漂は秦の政変の渦中で戦死したのであった。

 しかし、時代は信を放っておかなかった。敵討ちに燃える信は、ある男と出会う。それは政変で王宮を追われ、罪人となった秦王の政。この男は、やがてはじめて中国を統一し、始皇帝となる男でもあった。

  • 映画の面白さ

⭐⭐⭐

 累計6600万部突破した漫画を原作に、興行収入54億円に達した娯楽大作です。豪華な俳優陣、壮観な景色が素晴らしかったです。

 ただ、キングダムファンの皆さん!ごめんなさい!私の好みではなかったみたいです。

  • 高校世界史お役立ち度

 キングダムは、高校世界史の役に立ちません。高校世界史では戦国時代の概観と秦の中国統一後の話しか触れないからです。

  • リアリティー評価
史実に従っている
史実をもとにしたフィクション
(主人公は実在の人物がモデル、社会情勢も反映)
史実をもとにしたフィクション
(社会情勢のみが反映)
過去の文化を利用したフィクション
とても脚色が多い
風刺・寓話の要素が強い

2、春秋戦国の諸国たち

中国の春秋・戦国時代

 春秋・戦国時代は紀元前770年〜紀元前221年の戦乱のときです。物語は、春秋・戦国時代末期の前255年から始まります。

 ちなみに、三国志の時代は、紀元後200年ごろのお話ですので、『キングダム』の400年くらい後の中国です。

 さて、映画では「七大国」と言われていますが、「戦国の七雄」は受験生なら場所を覚えていなくてはいけません。ここでは重要な国を4つにしぼって解説するので、そこだけでいいので覚えてください。

  • 西の大国「秦」

 秦は黄河が大きく蛇行しているところにあります。西方の大国で、前221年に中国を統一することになります。

 政の前から改革が進んでいて強国でした。その原動力は、法家思想。厳格な法による統治です。

 しかし、この厳しい統治姿勢のために政が中国を統一した後、地方の反発をうけ、秦を短期滅亡に導いたのは皮肉です。

 秦の後を継いだ漢はこの失敗を見て、儒家による徳治を理想とし徐々に中央集権化する方針を取ります。

  • 南の大国「楚」

 楚は長江を勢力圏とする南の国です。黄河とは違う文化を持っていて、北の国々からは野蛮であると考えられていました。

 しかし、無視できない大国です。周王に敬意を払い「公」の称号を用いていた春秋時代でも、不遜にも「王」の称号を用いていました。

 楚は、漢の建国物語にも関わっています。漢の創始者である劉邦は、楚の将軍である項羽との楚漢戦争に勝利して、400年帝国を築くのです。

  • 北の要衝「燕」

 燕は朝鮮半島の根元に食い込む国です。秦とは距離があったので、友好関係を築いたこともあります。

 さて、燕の首都は薊です。これは今の北京です。ここは後の時代に、北方遊牧民族に対する軍事拠点として非常に重要になります。

 受験世界史で重要度マックスの燕王は、朱棣です。「誰やねん」と思われるかもしれませんが、これは15世紀初頭に明王朝の皇帝「永楽帝」となります。永楽帝は、インドやアフリカに海軍を送ったり、南京から北京に遷都したことで有名です。

  • 初代覇者を輩出した「斉」

 斉は山東半島に位置する国です。前679年、斉の桓公ははじめて覇者となりました。覇者とは、本来は周王がやるべき同盟をまとめ異民族を倒す役目を担いました。この役目を覇者と言います。

 春秋時代の5人の覇者をまとめて、春秋の五覇と言います。戦国の七雄と区別して覚えましょう。

3、春秋戦国の社会

 最後に春秋戦国時代の社会について述べましょう。単に「戦乱」の時代というだけでなく、ここには重要な流れがあるのです。

  • 農業の発展

 ヨーロッパに1000年先駆けて鉄製農具が普及し、農業生産性が上がります。これすなわち、人口の増大を意味します。こうして、中華と呼ばれる地域に人が増えるのです。

  • 思想の発展

 戦乱の中で、何が大切であるのかを人は考えます。そして、諸侯はそれを参考に国造りをしました。この時代の多様な思想家を、諸子百家と言います。

 儒教思想の考え方などもここで生まれました。

  • 中国統一まで長い過渡期

 周の時代の統治は封建制でした。封建制は地方分権的です。これが長い戦乱の中で、強力な中央政府が各地でできます。その流れで生まれた統一国家では、中央集権的な国家体制が採られました。

 (こういうのは適切ではないと思いますが、)ローマ帝国滅亡以後、強力な統一国家が存在しなかったヨーロッパとは対照的な地域となりました。

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