2. 財政赤字が持続可能な理由【現代貨幣理論】

 現代貨幣理論MMTでは、継続的な財政赤字が可能だと主張します。

 「だから、日本はもっと財政赤字をしてもよい」とも主張しています。

 したがって、もしMMTが正しければ、新しい経済政策の希望になりえます

 政府にとって

  • 増税する必要がなくなる
  • 増え続ける国債問題が解消される

というメリットがあり、国民にとっては

  • 今まではなかった分野に政府資金が注入される

というメリットがあるからです。

 この政府の予算制約の問題を、説明します。

1、政府会計の全体像

 財政赤字の話をしているので、簡単に政府会計の話をします。

基礎的財政収支(プライマリーバランス)

 会計の基本は、お金の出入りをおさえることです。

 基本的な収入は、税収です。

 基本的な出費は、政府支出といいます。

 政府支出は、社会保障や公共事業に使われます。

 そして、基礎的財政収支(プライマリーバランス、略PB)は

  • PB=税収ー政府支出

となります。

 下図は財務省の資料です。用語表現が若干異なりますが、同じことを視覚的に表現しています。

財務省「参考資料3 プライマリーバランスとは何か」(2021年6月18日閲覧)

 基礎的財政収支PBは一般に財政の健全性の指標とされます。

 基礎的財政収支がゼロだと健全で、赤字だと不健全とみなされます。

 もし政府が家計や企業と同じように考えられるなら、この指標は妥当でしょう。

(MMTではこの考え方を批判します。)

国も借金ができる

 MMT的には不適切ですが、あえて政府を家計や企業と同じように考えます。

 家計がいい生活を求めて住宅ローンを組んだり、企業が設備投資のために銀行から融資をもらうのは、(適切に行えば)よいことです。

 政府も同じです。

 不況のときは、借金をしてでも政府支出を増やし、景気対策をすべきです。

 さて、政府の借金を国債といいます。

 国債発行は収入ですが、国債償還は出費になります。

 これを踏まえると、政府会計はだいたい

  • 歳出=政府支出+国債償還
  • 歳入=税収+国債発行

のようになります。

 財務省資料「平成31年度予算のポイント」をみると、次のように書いてあります。

 だいぶ、単純化はされていますが、上の式がポイントをつかんでいることがわかるでしょう。

 

財務省『平成31年度予算のポイント』(2021年6月18日閲覧)

3、通常の経済学の問題点

 (MMT論者がいう)主流派経済学者は、政府の予算制約をどう見ているのでしょうか?

 これについて説明します。

経済学者の思考法

 経済政策は国民生活に大きな影響を与えます。

 場合によっては、経済政策の失敗は多くの死者を生みます。

 したがって、現実世界での試行錯誤は許されません。

 そこで、仮想世界でのシミュレーションが求められます。

 経済全体のモデルを構築し、そこで経済政策を試行錯誤するのです。

 具体的には、消費者行動企業行動経済ショック財政政策金融政策などが主要項目になります。

 このような複雑な相互関係を考える上で、数学表現が強さを発揮します。

 下の画像はマクロ経済モデルの一例です。

小寺・酒井『DSGE モデルに基づく政府支出・税制に関する政策シミュレーション』

仮定と結論

 ところで、モデルで前提になるのは、仮定です。

 仮定の上に仮想世界をつくり、何かしらの政策を行い、適切な政策を結論します。

 逆言えば、「仮定の正しさ」は、シミュレーションの中からは導けません。

 例えば、「人はみな合理的に動く」と仮定すれば、その仮想世界では人は必ず合理的に動きますが、それは結論ではありません。

政府の予算制約

 さて、マクロ経済モデルにおいて、政府の予算制約はよく次のように書かれます。

  • 国債発行=国債償還+政府支出ー税収※

 これを変形すると、

  • 政府支出+国債償還=税収+国債発行

となりますので、さきほどの(歳出)=(歳入)の式になっています。

 ここでは「政府支出の財源は、基本的には税と国債。家計や企業と同じ」が仮定されています。

 ここからいくら数学的に高度な論理を積み上げても、「政府を家計や企業と同じではない」というMMTからの批判に応えることはできないのです。

※最後に「ーインフレ税」を加えることもあります。

3、MMTで考える政府支出の財源

政府には家計や企業の比喩を使えない

 MMTでは、「政府は家計や企業とは異なる」と考えます。

 なぜなら、政府には通貨発行権があるからです。

 家計や企業には通貨発行権はありません。

 政府を、家計や企業と同じように考えてはいけないのです。

 簡単にいえば、1万円を政府の銀行口座に書き込めば、1万円の収入になるのです。

財源の基本は貨幣供給

 貨幣供給を財源にできるとき、政府支出は借金から解き放たれます

 税収で足りなければ、貨幣供給すればよいのです。

 したがって、政府会計の基本

  • 政府支出=貨幣供給+税収 

となります。

5つの重要な疑問

 貨幣供給ですべてをまかなえるので、財源としての国債の存在意義はありません。

 ここで5つの疑問が生まれます。

  1. 貨幣供給だけを財源にする無税国家は、ありえるのか?
  2. 財政赤字をすべき理由はあるのか?
  3. 継続的な財政赤字はインフレーションを起こすのではないか?
  4. 本当に国債は、いらないのか?
  5. 貨幣供給を財源にするのは違法ではないのか?

 それぞれに答えていきます。

疑問1、無税国家はありえるのか?→「ありえない」

 MMTの最も中核にあるのは「貨幣の価値は租税が支える(租税貨幣論」というものです。

 したがって、貨幣価値の維持のために徴税は絶対に必要です。

 詳しくは、「租税貨幣論/ 貨幣価値は租税が支える」をご覧ください。

 たしかに、税収だけでは不足する分は貨幣供給でまかなえますので、財源としての必要性はありません。

 けれども、そもそもの貨幣経済を成り立たせるために必要なのです。

疑問2、財政赤字すべき理由はあるのか?→「租税の持続可能性のため」

スペンティング・ファースト

 貨幣価値を支える租税が成り立つためには、何が必要でしょうか?

 税金を払ってもらう前に、国民が貨幣を持っている必要があります。

 MMTでは、スペンディング・ファーストといいます。

 直訳は、「出費が先」です。

 意味は「政府支出が最初、税金回収は後」です。

財政赤字はスタンダード

 政府支出すると、政府は国民に貨幣が渡ります。

 税収では、政府は国民から貨幣を回収します。

 その結果、国民にお金が残るのは

  • 国民にお金が残る分
  • =政府支出ー税収
  • =財政赤字

より、財政赤字の分です。

 したがって、租税の持続可能性のため、貨幣経済の持続可能性のために、財政赤字は継続されなくてはいけないのです。

実体経済からの理由

 なお、財政赤字の必要性を、実体経済から導くこともできます。

 ただ、これは別記事で扱います。

疑問3、物価高騰になるのではないか?→「なるとは限らない」

インフレの種類

 物価高騰(インフレーション)にはさまざまな原因があります。

  1. 貨幣価値が下落して、インフレ
  2. 需要が大きすぎて、超過需要でインフレ
  3. 供給能力が破壊されて、超過需要でインフレ
  4. 原材料費が高騰して、インフレ
  5. 自国通貨安で輸入品が高くなり、インフレ

といったものです。

 MMTで心配されるインフレは、1と2と5です。

1、貨幣価値は下落しない

 「1:貨幣価値が下落してインフレ」は、よくいわれるインフレです。

 しかし、租税貨幣説では、貨幣価値は租税によって決まります。

 政府が自国建て通貨を発行し、徴税する能力がある限り、貨幣的要因でのインフレはおこりません

 ちなみに、

  • 政府が通貨を発行できないユーロ圏の国々
  • 外国通貨によって価値を支えられている固定相場の国

は、この対象からはずれます。

2、需要が大きすぎてインフレは、財政規律の問題

 「2:需要が大きすぎて、超過需要でインフレ」も問題です。

 なぜこのディマンドプル・インフレは起こるのでしょうか?

 需要が大きすぎると、作れば売れますから好景気です。

 このとき、どんどん物価が上がっていきます。

 物価安定のために需要を減らす必要があります。

 GDP統計の分類によれば需要は

  • 消費+投資+政府支出+純輸出

で表せます。

 このとき、政府支出を減らすべきです。

 本来は民間が使うべき生産能力が、政府のために使われているのは非効率だからです。

 増税によって、消費を減らすのも他の手段としてあります。

 この政府支出削減や税収増加によって、結果的に財政赤字は縮小します。

 財政赤字が問題なのではなく、大きすぎる財政赤字が問題なのです。

5、円安で輸入品が高くなり、インフレ

 「5:自国通貨安で輸入品が高くなり、インフレ」も問題です。

 この輸入インフレはなぜ起こるのでしょうか?

 そもそも為替レートは、

  • 短期的には投資収益率の違い
  • 中期的には輸入と輸出のバランス
  • 長期的には物価水準

が影響を与えます。

 財政赤字と為替レートを通じて、インフレになるにはさまざまな他の要因が必要になります。

 財政赤字はすぐに為替レートを通じたインフレを引き起こすわけではありません。

疑問4、国債はいらないのか?→「いらない」

(1)貨幣は負債である

 国債の話に進む前に、政府にとって貨幣はなんであるかを再考しましょう。

貨幣は中央銀行の負債

 現実に通貨発行しているのは中央銀行です。

 そこで、まず中央銀行について考えます。

 中央銀行は、政府の銀行・銀行の銀行といわれます。

 政府と市中銀行は日銀に預金します。

 この預金は、中央銀行の所有財産ではないので、日銀目線で負債になります。

 日銀に預金している者は「預金を銀行券にかえてください」といえば、銀行券をもらうことができます。

 この銀行券が、いわゆる現金貨幣です。

 日本のお札をみると、たしかに日本銀行券と書いてあります。

 中央銀行目線で、銀行券と中央銀行の預金は同じです。

 ですので、貨幣は中央銀行にとっての負債です。

 発行銀行券が日銀のバランスシートで負債として載せられているのはこのような仕組みだからです。

 日銀の営業毎旬報告(令和3年6月10日現在)をみても、発行銀行券が負債の部に書いてあることがわかるでしょう。

貨幣は統合政府の負債

 もし政府と中央銀行を一つの統合政府とみなした場合も、貨幣は負債となります。

 政府はどんなに嫌なやつでも「貨幣が振り込まれたら」納税義務を果たしたとみなさなければいけません。

 その意味で、貨幣は統合政府の負債です。

補足:政府と中央銀行の関係

 ちなみに、税金は、政府の銀行である中央銀行に振り込まれます。

 そして、財政支出をすると、中央銀行から当該機関に振り込まれます。

 政府のお金のやり取りを日銀が一元的に管理していることを「国庫統一の原則」といいます。(参考:我が国の国庫制度について 入門編

財務省「国庫制度の概要」(2021年6月18日閲覧)

(2)貨幣も国債も負債という意味で同じ

 さて、国債とはなんでしょうか?

 貨幣供給を予算制約に組み込まない場合、政府は収入と借金でやりくりしないといけません。

 国の借金が国債にあたります。

 例えば、表面利率1%で10年モノの100万円の国債を考えましょう。

 政府は発行年に100万円を得て、歳入にできます。

 しかし、その後、毎年約1万円を支払い、10年後に元本100万円を返さなくてはいけません。

 これは歳出です。

 政府目線では負債になり、国債保有者にとっては財産になります。

 この点で、貨幣と国債は同じものなのです。

 違いは利率の有無でしかありません。

 同じ負債をするのであれば、国債より貨幣供給の方が、政府的によろしいでしょう。

疑問5、貨幣供給を財源にするのは違法ではないのか?→「違法だ。しかし、もうすでにしている」

 MMTでは貨幣供給を財源とします。

 貨幣供給を財源にすることは、いわゆる財政ファイナンスです。

 したがって、必然的に財政ファイナンスを前提にします。

 これに問題はないのでしょうか?

財政ファイナンスとは

 いきなり財政ファイナンスという言葉がでてきました。

 財政ファイナンスとは、日銀が通貨を発行して国債を直接引き受けすることです。

 これは財政法第5条で禁止されています。

財政ファイナンスは実質的にすでに行われている

 さて、国債を保有しているのはどのような者でしょうか?

 実は、1000兆円の日本国債の約50%を、日本銀行が保有しています。

財務省「令和2年度の国債等の保有者別内訳」(2021年6月18日閲覧)

 つまり、貨幣の流れは、中央銀行(貨幣供給&国債発行)→政府→(財政政策)→国民となっているのです。

 すでに財政ファイナンスはおきていると考えられます。

 けれども、予想されたような国債の長期金利上昇はおきていません。

 これは「財政ファイナンスで信用度が低下し長期金利上昇。そして、累積赤字の雪だるま式の増加」というシナリオが、間違っている、または、修正すべきことを意味します。

まとめ:財政赤字は持続可能である

まとめ

 まとめると、次のように言えます。

  • 政府は貨幣供給を財源にできる
  • その点で、家計や企業とは全く異なる

が中核的な主張です。

 とはいえ、

  • 税金は必要です
  • それは、貨幣価値を支えるため

という非常に重要な注釈がつきます。

 そして

  • 財政赤字はスタンダード
  • なぜなら、租税の持続可能性のため

という結論が導かれます。

 そうなると気になるテーマと結論は

  • 従来の国債は必要なかったのか?
  • 必要ない
  • 貨幣と国債はともに政府の負債であり、どちらでもよい

でした。

 また、法律的な部分についてですが

  • 財政ファイナンスは違法
  • だが、すでに行われている
  • そして、問題は起きていない

という結論になります。

次の論点

 しかし、財政赤字がいくらでも「できる」ことと、いくらでも「すべき」ことは、また別の問題です。

 これは自分のお金なら、いくらでも夜にお菓子を買って食べてもいいわけではないことと同じです。

 次の問題は「適切な財政赤字はいくらか?」という議論になります。

 これは別記事で解説します。

現代貨幣理論
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3295さん、3498さん、こんにちは〜
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めっちゃ分かりやすい
まれびと5147
大学の先生より分かりやすい
しまうま
5147さん、ありがとうございます!ウレシイ!どちらの記事でしょうか?
しまうま
みなさまもぜひコメント残していってください
まれびと9305
正の外部性を内部化する為の補助金は、何故私的最適均衡点でなく社会最適均衡点に合わせて出されるのですか?補助金で外部経済が内部化されるのはわかりますが、初めにあった死荷重はどうなった?外部経済・死荷重にも重ならない分の補助金(右端の三角形)はどうなるんです?ご教授下さい…
しまうま
9305さん、ご質問ありがとうございます。ご質問3点は、正の外部性のページにある図4〜図8を順番に見ていただければ解決すると思います。1点目は図4〜図8、2点目は図4・図5・図7、3点目は図4・図7が対応しています。
まれびと4054
賃金に所得税が課されると労働時間はどうなるでしょうか?
しまうま
4054さん、コメントありがとうございます。結論からいえば、「場合による」が答えになります。合理的な労働者目線で、所得税課税は賃下げと同義です。単純にみれば、労働のインセンティブが減るので、労働時間が減ります※1。これがスタンダードな結論です。しかし、無差別曲線理論では、賃下げで労働時間が増える合理的な行動の存在を予想しています※2。労働曲線の後方屈曲性という現象です。例えば、時給5000円で月8時間家庭教師する東大生が、国に時給当たり所得税3000円を徴収されたら、生活水準を維持するために労働時間を増やすでしょう。もともと月4万円のバイト収入があったのに課税で1.6万円になったのでは、デート回数を減らすことになるのだから仕方ありません。これは所得税課税で労働時間が伸びる例です。他の
しまうま
賃金と労働時間に関する興味深い例(こちらは所得税とは関係ありませんが...)にはニューヨークのタクシー運転手の例があります。彼らは時給が上がると、労働時間を減らすらしいのです。面白いですよね。なお、※に対応する当ブログ記事は※1→「https://info-zebra.com/koyo-kettei/」、※2→「https://info-zebra.com/roudo-kyokyu/」です。
しまうま
みなさまもぜひコメント残していってください。近況とか聞きたいです
まれびと14623
おはよー
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14623さん、おはようございます!
まれびと16226
負の外部性の記事で、常体と敬体がごっちゃになっています。
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16226さん、ご指摘ありがとうございます。修正しました。
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