パレート効率性は望ましい社会の条件か?

要約

 人々にとって望ましい社会ならば、パレート効率性は達成されています。パレート効率性は、望ましい社会の必要条件です。

 なお「パレート効率性は達成されていれば、人々にとって望ましい社会である」は偽です。

 パレート効率性とは「ある集団が、1つの社会状態を選択するとき、集団内の誰かの満足度を犠牲にしなければ他の誰かの効用を高めることができない状態」で、経済学の最重要概念のひとつです。

全体像

(1)問題の構造

 問い「人々にとって望ましい社会ならば、パレート効率性は達成されているのか?」を分解すると、

①「望ましい」とは

②社会とは

③人々とは

④パレート効率性とは

⑤望ましい社会とは

⑥「望ましい社会ならば、パレート効率性が達成されている」は真か

に分けられます。

(2)前提の選択

 ①②③④を前提として選択します。

(3)論点の選択

 ⑤⑥を論点として選択します。

(4)付録一覧

 冗長さを避けて、可読性を上げるために、以下の内容は付録に回します。

「『パレート効率性』概念の利点と欠点」

前提

①望ましいとは

 Aさんにとって「望ましい」とは、Aさんが「満足度が高い」と感じている状態とします。経済学的には効用(utility)が大きいと表現できます。

 効用は、状態Xを入力すると、効用が出力される効用関数U(X)で表せます。例えば、状態Xと状態Yについて

$$U(X) > U(Y)$$

となった場合、状態Xが望ましいです。

 なお、ここでは特定の価値観を前提としません。Aさんがどんなに真っ当な価値観でも、歪んだ価値観でも、双方を区別せず議論を進めます。

②社会とは

 ここでは社会を、考えうるすべての社会と考えます。

 つまり、現実社会も、誰もがお金持ちで人間関係に恵まれ自己実現している社会も、核戦争後の荒廃した社会も含みます。

③人々とは

 人々とは、すべての一人一人と定義します。

 つまり、国民を、グループになった一つの「社会集団」と捉えるのではなく、別個の存在が複数ある「人々」と明確に認識して考えます。

④パレート効率性とは

 パレート効率性(Pareto efficiency)とは

「誰の効用を下げることなく、少なくとも一人の効用を上げることができない状態(神取道宏『ミクロ経済学の力』)」

「ある集団が、1つの社会状態(資源配分)を選択するとき、集団内の誰かの効用(満足度)を犠牲にしなければ他の誰かの効用を高めることができない状態(wikipedia)」

です。

方法

 論点となっている「⑤人々にとって望ましい社会とは」を前提①②③から導きます。

 そして、人々にとって望ましい社会とパレート効率性を比較して、論点

「⑥望ましい社会ならば、パレート効率性が達成されているは真か」

を見極めます。

結果

(1)社会状態の移行をモレなくダブりなく整理

⑤人々にとって望ましい社会とは

 人々にとって望ましい社会を議論するために、一人一人の効用に注目します。

 現状Xと比較して「効用を下げる」「効用を上げる」の2領域で整理すると、A、B、C、Dの4つの領域に分けることができます。

 すると、社会状態の移行は

・X→A:人々の効用は変わらないか下がる

・X→B:人々の効用は上がるか変わらないか下がる

・X→C:人々の効用は上がるか変わらない(パレート改善)

・X→D:人々の効用は変わらない

と整理できます。

 ここから少なくとも「社会状態Xが望ましい社会であるのならば、人々の効用は上がるか変わらないかという社会状態Cは存在しない」と言えそうです。

 なぜなら、社会状態Cに移行することで、現状より望ましい社会が実現できるからです。

(2)命題は真か?

⑥「望ましい社会ならば、パレート効率性が達成されている」は真か

 パレート効率性とは「誰の効用を下げることなく、少なくとも一人の効用を上げることができない状態」です。

 これはまさに「社会状態Cが存在しない」という状態です。

 ですから、望ましい社会ならば、パレート効率性が達成されているは真と言えます。

考察

(1)結論

 結論は「望ましい社会ならば、パレート効率性は達成されている」です。パレート効率性は、望ましい社会の必要条件です。

 なお、付録で触れますが「パレート効率性が達成されているならば、望ましい社会である」は偽ですので、注意してください。

(2)妥当性評価

前提評価

 人々という概念で明確に一人一人に注目して考えており、Goodです。また、議論の対象とする社会について一切の条件付けをしていない点が、Goodです。

 「人を殺してもいい」と言った否定されるべき価値観もあるはずですが、そういった価値観を否定せず議論を進めたのは、Badです。

方法評価

 「パレート改善」概念から一歩下がって、4つの領域をもれなくダブりなく整理し、議論した点は、Goodです。

 この整理の時点で「パレート改善」概念に帰着され、トートロジーのような議論になってしまった感があり、そこはBadです。

結論評価

 望ましい社会は「誰かを犠牲にしなければ他の誰かの効用を高めることができないところまで、効用が高められている状態」という結論は納得感があり、Goodです。

 現実社会では清濁合わせのむことが必要で「誰かを犠牲にする/犠牲にされる」ことは多々ありますので、パレート効率性は全体最適を目指して改革を推進する概念としては綺麗すぎる点が、Badです。

(3)意義

 パレート効率性は、経済学を用いて規範的な議論を進める際に使われる概念です。

 規範的(normative)とは「〜すべき」という概念です。ちなみに、「〜である」を意味する概念は、事実解明的(positive)です。

 例えば「市場経済を進めよう」は資本主義社会の大原則ですが、これは経済学的には厚生経済学の第一基本定理で正当化されます。厚生経済学の第一基本定理は「市場均衡はパレート効率的である」という定理です。パレート効率性の概念が使われています。

 このように今回触れたパレート効率性とは、経済学において非常に重要な概念です。

付録:「パレート効率性」概念の利点と欠点

(1)利点

 パレート効率性がもつ利点には次のものがあります。

特定の価値観を前提にしないで、望ましさの一般論を構築できる。つまり、どの宗教やイデオロギーを信じている人にも適用できる。もちろん、民族や性別も関係ない

・効用を数値化していない。なぜなら「より大きい」「同じ」「より小さい」という枠組みでしか議論していないから。(序数的効用)

・同一人物内の効用変化のみで議論して、異なる人の効用を比較していない。このとき「Aさんにとっての『大満足』は、Bさんにとっての『満足』だから…」と考える必要ありません。

(2)欠点

 パレート効率性がもつ欠点には次のものがあります。

・パレート効率性をもつ社会は複数存在し、望ましい社会を絞りきれない

・パレート効率性は現状追認的になりがち。なぜなら、なぜなら、誰かが損することも許さないから。

公正や公平を議論できない

 最後が最も重要です。例えば、飢餓や劣悪な衛生環境に苦しむ人々を救うためであっても、格差是正のために富裕層が損をしなけばならないとしましょう。このとき「現状こそがパレート効率的な状態であり、格差是正はすべきではない」となってしまいます。この意見はあまりに極端でしょう。

 経済学は効率性を扱うのは得意ですが、公平性を扱うのは苦手です。その原因は、現状を基準に誰も損することを許さないパレート効率性概念にあります。

 結論で少し触れたように、「パレート効率性を達成しているのならば、望ましい社会である」は偽です。