サマルカンドの歴史/忘れられたオアシス都市

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 サマルカンドは中国と中東を繋ぐ交易拠点です。古来、ここにはソグド人が住んでいました。彼らは数カ国語が話せるように英才教育を受けた商業民族です。そのため、中央アジアの国際商業語はソグド語であった時代もありました。

 ただ、イスラーム化とトルコ化でソグド人の民族的特徴は失われ、物流がシルクロードから海の道へと移行してから都市は衰退。教科書「前近代の部」では大きく取り上げられるサマルカンドですが、「近代の部」になると忘れられいつの間にかロシアの支配に屈します。

1、紀元前の時代

アケメネス朝から張騫
  • 紀元前8世紀
    オアシス都市が建設

     イラン系民族が、砂漠にポツンと浮かぶオアシスに都市を建設した。

  • 紀元前6世紀〜
    アケメネス朝ペルシアの支配

     アケメネス朝ペルシアのキュロス2世が征服。ここでアラム文字が持ち込まれ、ソグド文字が生まれた。

     アケメネス朝ペルシアは、紀元前330年、アレクサンドロス大王によって滅ぼされた。

  • 紀元前327年
    大王の襲来

     アレクサンドロス大王が軍を率いてマラカンダ(現サマルカンド)に来た。

     「翼を持った人間しか攻略できない」と言われた城壁を兵士に登らせ、壁の上で旗を振らせたることで、敵兵の士気を挫き、勝利した。

     城を陥落させたアレクサンドロス大王はロクサネ(最初の妃)と出会い、恋に落ちた。

  • ヘレニズム時代
    ギリシア系バクトリアの支配

     アレクサンドロスの大帝国は王の死死で、分裂。セレウコス朝が成立した後、ギリシア人国家バクトリアが自立した。

     紀元前130年頃、バクトリアはペルシアやインドとの抗争の中で消滅した。

  • 紀元前139〜126年頃
    中国・漢との接触

     漢の張騫が使者として訪れた。漢は匈奴討伐のため、軍事同盟を結ぶことを求めた。

     当時の大月氏国は同盟は拒否したが、漢との交易路が開けた。

2、イスラーム以前のサマルカンド

クシャーナ朝から突厥
  • 1世紀中頃〜
    北インドのクシャーナ朝の支配

     北インド王朝・クシャーナ朝が成立。シルクロードの要衝を抑えて栄えた。

     クシャーナ朝の下、ギリシア文化・イラン文化・中国文化が融合「ガンダーラ美術」が生まれた。

  • 〜559年
    エフタルの支配

     強大な軍事力を誇った遊牧民族国家。突厥とササン朝ペルシアによる挟み撃ちで滅亡した。

  • 552年
    トルコ系突厥(テュルク)の支配

     552年、突厥が柔然から独立。559年、エフタルを滅ぼした。突厥は非常に広大な領域に勢力を広げた。

     突厥はテュルクともいう。これは「トルコ」を意味する。

3、イスラーム化とトルコ化

  • 712年〜
    アラブ系ウマイヤ朝の支配

     ウマイヤ朝がサマルカンドを制圧。このとき、この地がイスラーム化した。

     砂漠の国からやってきたアラブ人は、オアシスが広がるこの地を、憧れの気持ちを込めて「川の向こうの土地」とよんだ。川とはアム川のことである。

  • 751年
    アッバース朝 vs 唐 戦う

     ウマイヤ朝に代わって、アッバース朝がソグディアナを支配した。一方で、唐は突厥を滅ぼし西へ勢力を拡大していた。

     イスラーム帝国と唐帝国の戦いが、タラス河畔の戦いである。ここで、中国の製紙法がイスラーム圏に伝わり、やがてヨーロッパに伝わることになる。

  • 875年
    イラン系サーマーン朝による支配

     アッバース朝からイラン系サーマーン朝が自立した。サーマーン朝はトルコ系の軍人奴隷を用いた。

  • 11世紀
    トルコ系カラ=ハン朝

     トルコ系のカラ=ハン朝がサーマーン朝から滅ぼした。このとき、この地がトルコ化された。

  • 12世紀
    イラン系ホラズム=シャー朝

     イラン系のホラズム=シャー朝はサマルカンドを都におき、反映した。

     ヨーロッパがイェスサレム奪還を目指す十字軍が開始されると、中央アジアルートの物流増えていたからである。

4、ロシア以前

  • 1220年
    モンゴルによる廃墟化

     チンギス=ハン率いるモンゴル軍がサマルカンドを破壊。一度、サマルカンドの歴史は終わることになる。

  • 1370年
    ティムール帝国による再建

     ティムール帝国はサマルカンドを都とした。モスクやマドラサ(学校)が建設された。トルコ=イスラーム文化が栄える商業と学芸の中心となった。

  • 16〜19世紀
    ブハラ=ハン国の支配

     ティムール滅亡後は、ブハラ=ハン国が支配した。

5、近現代

  • 1868年
    ロシア帝国の支配

     ロシア帝国が南下、サマルカンドを陥落させた。ブハラ=ハン国は、サマルカンドをロシアに割譲。保護国となる。

  • ジャディード

     イスラーム教徒によるロシアからの独立運動「ジャディード」が起こった。オスマン帝国のイスタンブールに留学した知識人階級が中心であった。

  • 1917年
    ロシア革命

     第一次世界大戦中、ロシア帝国で革命が発生。帝政は倒れ、混乱の中で共産主義を理念とするソヴィエト社会主義共和国連邦が成立した。

     1920年、ジャディードの流れをくむブハラ革命が起きるも制圧された。

  • 1991年
    ソ連崩壊→ウズベキスタン独立

     1991年、ソヴィエト社会主義共和国連邦が崩壊。ウズベキスタン共和国が誕生した。サマルカンドは、首都タシケントに次ぐ第二の文化都市として栄えている。

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