消費者理論の意義と批判

消費者理論

 ミクロ経済学では「効用最大化する合理的な人間像」を採用し、消費者理論を構築しました。

 これにはどんな意義があったのでしょうか?

 また、どんな批判が考えられるのでしょうか?

1、消費者理論の意義

(1)幸福に対する一つの答え

 消費者理論の重要な点は、幸福に対する一つの答えを導出したことにあります。

 幸福とは非常にやっかいな概念で人によってあり方が違います。

  • ある人は世界の真理を知ることに幸福を見出します。(真)
  • ある人は正義を為すことに幸福を見出します。(善)
  • ある人は美しさを感じることに幸福を見出します。(美)
  • ある人は仕事に幸福を見出します。(ワーク)
  • ある人は家族との時間に幸福を見出します。(ライフ)

 このような中で、具体的な幸福概念を導くことは不可能です。

 では、経済学ではどうするのか?

 価値観の多様性を認め、それらを効用(満足度)という概念に還元します

 そして、効用の最大化を人間行動の基本原理とするのです。

 さらに、「予算」を導入し、制約条件の中でどのように欲望を満たしていくか?と考えるのです。

 言われてみれば大したことはありませんが、価値観論争を回避し、万人が納得する土俵を提示したことは非常に意義深いです。

(2)よい社会の条件の示唆

 さらに、消費者理論では議論を進めます。

 効用最大化すると主観的交換比率と客観的交換比率が等しくなるというのです。

 ここから、人々が効用最大化する社会がどのような社会か?ということを明確に導くことができます。

 具体的には自由を是とする市場経済という処方箋が得られるのです。

 これも意義深い結論です。

 一人一人に主眼を置きつつ、理想的な社会構想をできる経済学はある意味、非常に哲学的です。

2、消費者理論の批判

(1)合理性批判

 経済学に対するよくある批判に「人間は合理的ではない」というものがあります。

 ただ、これだけ聞くと間違えてしまいますが、経済学でいう合理性は「頭がいいこと」「発言が無矛盾であること」をいうのではありません。

 「予算の許す限りなら、自分のがやりたいようにやる」ということを意味しているのに過ぎません。

 よくある合理性批判は的外れと言わざるを得ないでしょう。

(2)過度の単純化批判

 次によく思うのは「これ単純化しすぎじゃないですか?」ということです。

 しかし、人間行動の基礎理論はこれでいいのです。

 物理学でも最初は摩擦のない理想状態を想定し、世界の成り立ちに迫っていきました。

 なら、複雑怪奇な人間理論も適切な単純化を行うべきです。

 今まで哲学・法学・社会学・心理学が単純化と理論化を進めてきました。

 単純化は問題ではありません。

(あくまで個人的な意見ですが)効用最大化を手がかりに人間に迫る経済学は、最も中立的な判断を下すのではないかな?と思っています。

 だから、私は経済学での単純化が好きです。

(3)行動経済学からの批判

 今度は、心理学からの批判です。

 これは現在、経済学に一大潮流として流れ込んできている嵐です。

 行動経済学という分野がこれにあたります。

 行動経済学はつぎのような人間の非合理性を明らかにしました。

  • 客観的には同量の得と損では、損を過大評価する
  • 現在を過大評価し、将来を過小評価する
  • 利他的行動を取る

 しかし、これが単に心理学ではなく行動経済学と呼ばれているのには理由があります。

 非合理性を「限定合理性」として解釈し、過去の合理的行動モデルに統合しようとしているからです。

 いわば、「摩擦のない理想状態」を研究していた過去の理論に「摩擦」を導入するようなものです。

 このような努力もあり、経済学は改良されつつあります。

 ただ、物理初学者が摩擦のない物理モデルを最初に学ぶように、経済学初学者は合理モデルを最初に学ぶべきです。

 これは経済学の欠点ではなく、人間の理解力の限界を意味しています。

 新しいことを学ぶときに、多くの人間はそこまで飲み込みがよくないのです。

3、まとめ

 もちろん「人間をこんなに機械的に理解するのは、人間性を無視している!」とお怒りになる方もいらっしゃるでしょう。

 けれど、「人間らしさ」は往々にしてさまざまな偏狭な価値観を含んでしまいます。

 そのように考えると、「満足度を最大にする人間像」を掲げて少々ドライに議論する経済学は、万人の共通言語としていい線行ってるんじゃないかなと思います。