2分でわかる東南アジア史の流れ&地理

地域史の流れ
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 東南アジア史の流れをおってみる。

<地域史の流れ&地理シリーズ>

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1、東南アジアの地理

 人間が平等であれば、歴史は人ではなく土地が決定する。なら、地理を学ぶことは重要であるということに同意いただけるだろう。

 さて、まず、東南アジアの地理である。

東南アジアの地理

大陸部と島嶼とうしょ部

 東南アジアには、ユーラシア大陸の「大陸部」と、太平洋とインド洋に挟まれた島々の「島嶼部」に分かれる。

熱帯雨林

 スマトラ島が大体、赤道に位置する。もちろん、ここは熱帯雨林。太陽のエネルギーを受けた植物たちの生命力は凄まじく、農業に適しない。

 ただし、赤道から少し外れたジャワ島やタイでは農業ができる。両方とも農産物輸出で栄えた。

シーレーン

 東南アジアの重要な点は、中国とインドを結ぶ「海の道」の中継地点であるということである。濃い青は海の道を表す。

 マラッカ海峡は今でも日本国と産油国を繋ぐ「シーレーン」であり、戦略上重要である。もちろん、中国にとっても重要で南シナ海への進出と絡んでいたりする。

2、東南アジア史の流れ

東南アジアの地理

ヨーロッパ以前

 インドシナ半島と多くの島々に分断された熱帯の東南アジアには、広大な領域国家はあまり出現しなかった。

 その代わりに、インドと中国を結ぶ中継地点として発展し、マラッカ海峡を中心に貿易国家が栄えた。

マラッカ海峡の貿易国家の例
  • 7世紀
    シュリーヴィジャヤ

 主にインドの影響を多く受けた。4~8世紀は大乗仏教やヒンドュー教が、11~14世紀は上座部仏教が、15~16世紀はイスラーム教が浸透した。  

 ただし、ベトナムは中国文化の影響下にあった。

近代

 しかし、16世紀以降、大航海時代を迎えて来訪したヨーロッパ人の影響を受けるようになり、やがて植民地化された。

 第二次世界大戦後、独立を果たした(=脱植民地化)。

 ちなみに、イギリス領ビルマとフランス領インドシナに挟まれたタイ王国だけは植民地化されなかった。これは重要なので覚えておこう。

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