爆速でわかる!唐の歴史年表

東洋史
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 爆速で唐の歴史の流れがわかります。

1、初唐

  • 618年
    唐の建国

     隋滅亡後、李淵が建国した。都は長安。ただし、実際には次男の李世民の軍才によるところが大きかった。

     初代皇帝は、高祖(李淵)。

     律令体制・州県制・均田制・府兵制を基盤とした。

  • 627〜649年
    貞観の治

     長男を殺害し、次男の李世民が二代目皇帝となった。名は、太宗。

     太宗は、貞観の治と呼ばれる善政を行なった。その内容は『貞観政要』に書かれ、帝王学のテキストとして名高い。

  • 668年
    高句麗撃破

     隋滅亡の原因にもなった高句麗を撃破。最大版図を実現した。

  • 690~705年
    武則天

     中国史上、唯一の女帝。王朝名は周。

2、盛唐

  • 713〜741年
    開元の治

    玄宗皇帝の前半の治世。善政が行われた。唐の絶頂期。

  • 751年
    タラス河畔の戦い

     アラル海近辺の土地を巡り、アッバース朝と交戦。敗れた。この時、製紙法がイスラーム世界に伝わり、やがてヨーロッパに伝わる。

  • 755年
    安史の乱
    華清池にある楊貴妃入浴像(wikiより)

     玄宗皇帝が楊貴妃を溺愛した結果、楊貴妃の兄弟とお気に入りの間で対立が生まれ、内乱へ発展した。

     以降、唐は衰退していく。

  • 内地への節度使の設置

     外地に設置していた節度使が内地に設置されるようになり、国内に地方軍事勢力が誕生した。

3、中唐

  • 衰退

     西域の維持もできなくなり、衰退していった。

  • 780年
    両税法

     徳宗に治世に、宰相・楊炎が土地の私有を前提とする両税法を献策した。

  • 820年
    憲宗の暗殺
    水銀(wikiより)

     禁軍を強化し、衰退していた唐が一時再生した。しかし、長男の死で宗教にハマり、薬として水銀を飲むようになった。精神に異常をきたした憲宗は、宦官によって暗殺された。

    ※水銀は毒である(念のため)

4、晩唐

  • 878~884年
    黄巣の乱

     唐では塩の専売制であったため、財政が悪化すると塩価が吊り上げられた。そこで、塩の密売人が密造した塩で巨利をあげた。

     その塩の密売人・黄巣が反乱を起こし、長安に入城。皇帝を宣言する。

     このときに、全国政権としての唐は滅びた。

  • 907年
    唐の滅亡

     長安近辺しか統治できなくなった唐の皇帝は、朱全忠に禅譲し、唐は滅亡した。

5、唐の滅亡後

  • 907〜960年
    五代十国

     朱全忠は後梁を開いたが、全国政権とはならず、以後、「五代十国」という分裂状態が続くことになる。

  • 960年

     趙匡胤が宋を建国。唐以来の全国政権を打ち立てる。

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