要約
技術進歩が社会を貧しくする可能性は、あります。
技術進歩が労働置換型の場合、労働者の所得減少を通じて、社会全体の豊かさを減少させる可能性があるからです。
例えば、人工知能の普及によって中間層が没落する場合、下図のように社会的余剰が変化します。この場合、社会全体の豊かさが減ってしまう可能性があります。

全体像
(1)問題の構造
「技術進歩が、社会全体の豊かさを増大させない可能性はあるか?」という問いを設定します。この問いは
①社会全体の豊かさとは何か
②技術進歩とは何か
③技術進歩が原因、豊かさの減少が結果となる場合があり得るか
に分解できます。
(2)前提の選択
①社会全体の豊かさ、②技術進歩について、前提を置くことにします。
(3)論点の選択
論点を③とします。
(4)付録一覧
冗長さを避けて、可読性を上げるために、以下の内容は付録に回します。
「詳細な前提」
前提
「社会の豊かさ=社会的余剰」と定義し、「技術進歩は限界費用を下げる」と仮定します。また、技術進歩には次の2つがあると考えます。
・労働置換型:今の労働者がやっている仕事を奪い、労働者の所得を減らす
・労働補完型:今の労働者がやっている仕事を手助けし、労働者の所得を増やす
他については「付録:詳細な前提」をご覧ください。
方法
論点は「③技術進歩が原因、豊かさの減少が結果となる場合があり得るか」でした。
前提より「技術進歩の進展で、社会的余剰が減少するシナリオは、存在するか」と言い換えられます。そこで、余剰分析でいくつかのシナリオを考えて、社会的余剰が減少するシナリオを探します。
結果
(1)労働補完型の技術進歩
技術進歩によって限界費用が下がると、供給曲線が下にシフトします。
技術進歩が労働補完型の場合、労働者の所得は増えるので、支払意思額は増加し、需要曲線が上にシフトします。
この場合、社会的余剰は増加します。

(2)労働置換型の技術進歩
技術進歩によって限界費用が下がると、供給曲線が下にシフトする点は先ほどと変わりません。
技術進歩が労働置換型の場合、失業が発生し、支払意思額は減少し、需要曲線が下にシフトします。
この場合、社会的余剰の増減は不確定です。

(3)まとめ
論点「技術進歩が社会的余剰を増大させない場合は想定できるか?」の答えは「はい」になります。
なぜなら、技術進歩が、労働置換型の場合、社会的余剰を減少させるシナリオが考えられるからです。
考察
(1)結論
問い「技術進歩が、社会全体の豊かさを増大させない可能性はあるか?」の答えは「はい」になります。
技術進歩が、労働置換型の場合、労働者の所得減少を通じて、社会全体の豊かさを減少させる可能性があります。
(2)妥当性評価
前提評価
戦争や環境破壊の発生を仮定しなかった点が、Goodです。
準線形の効用関数という強い仮定をした点が、Badです。
結論評価
技術進歩によって失業した例がある点が、Goodです。例えば、通信技術の発達で電話交換手は失業しましたし、交通技術の発達で蒸気機関車の運転手は失業しました。
技術進歩によって長期的には労働者が増えた点が、Badです。例えば、日本は戦後一貫して技術進歩してきましたが、新しい仕事が増え労働者はむしろ増えました。労働置換型で社会を豊かにしないシナリオの起きる確率は小さい可能性があります。
(3)意義
例えば「人工知能により中間層が没落し、成長の果実の分配には格差が生まれる」というシナリオは次のように図示できます。人工知能による社会の豊かさの増減は、不確定です。

なお、自動化による中間層の没落に関して、次のようなデータがあります。

付録:詳細な前提
冗長さを避けて、可読性を上げるために、本論では前提にほぼ触れませんでした。
議論の出発点として、次の定義、仮定、事実を用いていました。
(1)定義
社会の豊かさ
社会の豊かさとは、社会的余剰のことだと定義しました。社会的余剰とは、消費者余剰と生産者余剰の合計です。
ここでは社会的余剰とは
・「社会が財に払ってもいいと考える支払意思額」から「社会が財を作るのに必要にだった費用」を引いたもの
と考えていただいて構いません。次図の場合、社会的余剰は、縦軸、需要曲線、供給曲線で囲まれた黄色の三角形の面積と等しくなります。

(2)仮定する条件
限界効用の逓減
消費者について、限界効用の逓減を仮定しました。限界効用の逓減とは
・一個追加して消費すると得られる効用はだんだん減っていく
という意味です。この条件が成り立つと、右下がりの需要曲線が描けます。
限界費用の逓増
生産者について、限界費用の逓増を仮定しました。限界費用の逓増とは
・一個追加して生産するのにかかる費用はだんだん増えていく
という意味です。この条件が成り立つと、右上がりの供給曲線が描けます。
準線形の効用関数
消費者は準線形の効用関数をもっていると仮定しました。準線形の効用関数とは
・所得に比例して、「個人が財を欲しいと思う量(=個別需要)」が変化する
という意味です。この条件が成り立つと、消費者が得られる便益を金額表示することができ、社会的余剰の議論ができます。
技術進歩
技術進歩は、生産のための費用を下げる方向に作用するとしました。
また、技術進歩には
・労働置換型:今の労働者がやっている仕事を奪い、労働者の所得を減らす
・労働補完型:今の労働者がやっている仕事を手助けし、労働者の所得を増やす
があるとしました。
(3)仮定しない条件
次を仮定しません。
・技術進歩は、環境破壊により人類の生活水準を下げる
・技術進歩は、戦争を悲惨にして人類を破滅させる
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