2分でわかる西アジア史&地理

地域史の流れ
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 西アジア史の流れを概観する。

<地域史の流れ&地理シリーズ>

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受験世界史の地図

1、西アジアの地理

 人間が平等であれば、歴史は人ではなく土地が決定する。なら、地理を学ぶことは重要であるということに同意いただけるだろう。

 さて、まず、西アジアの地理である。

基本的な地名

 まず、基本的な地名から整理する。ティグリス川とユーフラテス川に挟まれた「川の間」がメソポタミア。地中海に飛び出た半島がアナトリア半島だ。

 エジプトもあわせて、「オリエント」と呼ぶ。

地形と気候

 西アジアをインド洋上空から眺めた地図である。通常と違って申し訳ないが、高低差がわかりやすいようにこうした。

 見ればわかる通り、平坦な砂漠が広がっている。ティグリス川とユーフラテス川は肥沃な農業地帯を作りで、メソポタミアの支配者は安定政権を築くことが難しかった。

 また、アフリカ大陸であるが、歴史上、もはや西アジアとも言えるエジプトのナイフ川も肥沃な農地をはぐくんだ。この地は周りが全て砂漠であるため、エジプトの支配者は安定政権を築いた。

 ペルシアの上に緑の線があると思うが、これがシルクロードである。中国へとつながっている。

2、西アジアの歴史

イスラーム以前

 ティグリス川(北)とユーフラテス川(南)は穀倉地帯を作り、古来より高度な文明が発展した。

 アジア大陸西端であり、中国・インドとヨーロッパを結ぶ中継地点として栄えた。ヨーロッパのローマ帝国の支配を受けたこともあるが、基本的にはペルシアが地域大国であった。

イスラーム以後

 7世紀にムハンマドがイスラーム教を創始。商人の宗教として栄え、地中海・西アジアを支配する巨大な帝国が誕生。(上の地図の「ウマイヤ朝の領土」を見て欲しい。)

 バグダードやカイロは中心地として栄えた。

 数世紀にわたって、エジプト・ペルシア・古代ギリシア・古代ローマ・インドの高度な文化を摂取。高度なイスラーム文明を築いた。ヨーロッパより先進的な地域だった。

 15世紀以降、オスマン帝国が強勢を誇った。

近代

 近代になると、産業革命で急速に台頭したヨーロッパに経済的に従属し、植民地化された。

 さらに、1920年代に莫大な石油が発見。欧米日にとって戦略的要地とされる一方で、産業の発展が遅れた。

 戦後、2000年に渡り亡国の民となってたユダヤ教徒が聖地エルサレムにイスラエルを建国。イスラーム教の周辺国と対立。 イスラエルはアメリカの支援を受けているので、アメリカへの反感が強い。

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