中国史まとめ年表【東大生が地図つきで解説!】

各国史

 現役東大生のしまうまです。ここでは4000年の歴史をもつ中国史を、高校世界史の範囲でわかりやすくまとめました。

 地図もつけたので、ぱっぱと中国史を概観できます。

1、古代中国

1万8000年前:天地開闢

 中国では天地創造を天地開闢と言います。最初はくっついていた天地が、盤古という神によって広げられ、世界が開かれたからです。

?:夏

 夏は伝説上の王朝です。中国政府は存在を主張していて、これが認められれば中国の歴史は5000年となります。

前17~前11世紀:殷

 殷は中国最初の王朝です。古代遺跡の殷墟がその実在を証明しています。神権政治が行なわれました。

前11〜前8世紀:周

 周は鎬京を都とする古代王朝です。殷を武力で倒しました。王朝正当化のために「悪い政治をした王朝は天から見放されるので、武力で倒すのもあり(放伐)」という考え方を作りました。

前770〜前221年:春秋・戦国時代

 春秋戦国時代に入ると世は乱れ、周はかろうじて生き残るも多くの諸国が誕生しました。しかし、熾烈な国家競争の中で製鉄・農業・国土の発展が見られました。

中国の歴史 戦国時代 地図
戦国の七雄の地図

2、秦・漢

前221〜前206年:秦(天下統一)

 数百年の乱世を秦の政という王が収めます。政は始皇帝を名乗りました。しかし、急激な社会変化についていけず、国は短命でした。

中国の歴史 秦 地図

前206〜後220年:漢

 ここで馴染みのある漢が登場します。漢字の漢です。400年の安定した政治の中で、「中国」の範囲がだいたい形作られました。

 また、皇帝を頂点とし、巨大な官僚機構と儒教を使った中国統治の定番スタイルも確立しました。

3、魏晋南北朝・隋・唐

222年〜263年:三国時代

 漢もついに倒れ、三国志の時代に入ります。

中国の歴史 三国志 地図

265〜420年:晋

 三国時代を収めたのは司馬氏でした。ここで晋が建国され、久しぶりの天下統一となります。しかし、北方民族が侵入し、南に逃れます。南に逃れた晋を東晋といいます。

439〜589年:南北朝時代

 南部は東晋や宋などにより比較的安定していました。しかし、長い間、北部は漢民族と北方民族で抗争しており、分裂状態でした。しかし、439年、北魏により北部が統一され、北朝と南朝が並立することになりました。この時代を南北朝と言います。

589〜618年:隋

 589年、隋が中国を統一します。聖徳太子が遣隋使を送ったことで有名ですよね。しかし、高句麗遠征や大運河建設で人心を失い、短命に終わります。

618〜907年:唐

 次に建国された唐は300年もの間、中国に統一をもたらしました。シルクロードをつかった内陸交易や、東南アジア経由の海洋貿易が盛んで、国際色豊かな帝国でした。日本の大化の改新も唐建国の余波ともいえます。

4、五代十国・宋

907〜960年:五代十国時代

 唐が滅びると再び分裂の時代が訪れます。唐王朝で力を持っていた貴族は戦乱の中で没落し、民衆が力をもった時代の伏線となります。

960〜1279年:宋

 宋が建国され、中国を統一します。貴族がいないので皇帝は絶対的な権力を持ち、テストによって選抜された官僚制が確立しました。

 しかし、文民が勢力を持つ一方で、軍隊は弱体でした。北方民族に「攻めないで」とお金を払うようになってしまいます。ここに世界最強民族モンゴルが来るのです。

中国の歴史 宋 地図

1271〜1368年:元

 勢いに乗っていたモンゴル(中国名:元)が到来し、宋を滅ぼしました。異民族の支配には屈しましたが、ユーラシア大陸に政治的統一が生まれ、第一次大交易時代とよばれる賑やかな時代がおとずれました。

5、明・清

1368〜1644年:明

 元の次に中国を治めたのは明でした。明の初期の首都は南京、後の首都は北京に置かれました。この時代は農業を基本とする古代の中国のあり方が模索され、貿易は制限されました。

 なお、明が滅んだ遠因の一つとして、「豊臣秀吉の朝鮮出兵に対抗して友軍を出した結果、疲弊した」という説もあります。

中国の歴史 明 地図

1644〜1912年:清

 中国東北部からやってきた満州族が清を建国し、統一しました。もちろん、漢民族が大多数で、支配者の満州族は少数民族です。そこで、満州族は威圧策と懐柔策をたくみに使い分けて、250年ほど中国をまとめあげました。

 なお、清が倒れた背景には、1800年代以降のヨーロッパの急成長にあります。イギリスではじまった産業革命はヨーロッパに圧倒的な工業力を与えました。1840年アヘン戦争(イギリス)、1884年清仏戦争(フランス)、1894年日清戦争(日本)と敗戦に次ぐ敗戦で疲弊していき、1912年に滅びました。

 前221年より2000年続く皇帝よる統治はここに終焉を迎えました。

17世紀のアジア

6、近代中国

1912〜1950年:中華民国

 孫文が辛亥革命を起こし、清を打倒しました。こうして、新しくできた近代国家が中華民国でした。しかし、革命家の孫文には有力者を治めることができず、国は分裂しました。

 その隙に、急成長する日本が大陸進出を強めます。1931年の満州国建国はその最たる例です。1937年からは日中戦争へと発展し、抗日の時代を迎えます。

1949年〜:中華人民共和国

 1945年に太平洋戦争が終結すると、孫文の意志を受け継ぐ国民党と、毛沢東率いる共産党で内戦となります。結果、国民党は台湾に逃れ中華民国として生き残る一方で、共産党は1949年に建国宣言し実質的に中国を再統一します。

 共産主義の中国は経済的には停滞しましたが、1978年の改革開放以降に経済成長を開始します。現在は世界第2位の経済大国となり、経済的にも軍事的にも科学研究の分野においても、非常に強い国へと成長を遂げました。

上海

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