第3章 意思決定理論 / 悩める人のための経済学入門

 人生の目的は、幸せになることである。けれども、価値観は人によって異なる。多様な価値観の中でも、幸せになるための一般理論を構築しよう。

前提

定義

 本章では、以下の定義を用いる。

・財(X:Goods):価値のあるもの。n種類ある。

・価格(P:Price):財1単位を手にいれることで支払う代償。

・富(W:Wealth):財を手に入れるために使える私有財産。

・選好(preference):2つの財を比較して、どちらが好ましいかを判断すること。

・効用(Utility):財を選ぶことによって得られる幸福度。

・効用関数(U(・):Utility function):好ましさを判断する価値観。財を入力すると、効用が出力される関数。n種類の財についての効用関数は

$$n財の効用関数:U(X_1,X_2, \cdots X_n)$$

・限界効用(MU:Marginal utility):効用関数を財で微分したもの。財を1単位増やしたときに、増える効用を意味する。財1の限界効用は

$$財1の限界効用=\frac{ \partial U(X_1,X_2, \cdots X_n)}{ \partial X_1}$$

・限界代替率(MRS:Marginal rate of substitution):財1の消費を1単位増やした際に、同一の効用水準Uを維持するために、消費をやめなければならない財2の量。財1の消費量、効用水準によって決定される。

※限界代替率は、財1を、財2を基準に相対的に評価した主観的交換比率と解釈できる。

$$限界代替率=MRS(X_1,U)=-\frac{d X_2}{d X_1} \Bigg|_{U(X_1,X_2)=U}$$

・価格比:財1の価格を財2の価格で割ったもの。財1の消費を1単位増やした際に、同一の支出を維持するために、消費をやめなければならない財2の量。

※財1を、財2を基準に相対的に評価した客観的交換比率と解釈できる。

$$価格比=\frac{P_1}{P_2}$$

・無差別曲線(Indifference curve):同様に好ましい財1と財2の組み合わせをグラフにした曲線。

・予算制約線(Budget constraint line):富を使い果たす財1と財2の組み合わせグラフにした直線。

・価格効果:価格の変化による消費への影響。

・代替効果:価格比の変化による消費への影響。

・所得効果:所得の変化による消費への影響。

仮定

 本章では、以下を仮定する。

仮定3-1:人は実現可能な最も好ましい意思決定を行う。※人はできる範囲で最も幸せになることを目指すと仮定する。

仮定3-2:制約条件を満たさない行動は実現できない。※制約には、例えば「予算以上の消費はできない」という富の制約、「与えられた時間を超えて活動できない」という生理的な制約、「能力を超えた成果は残せない」という技術的な制約がある。

仮定3-3:選好について、完備性(Completeness)が成り立つ。選択肢の好ましさは比較可能である。任意の二つの選択肢A,Bについて、「AはBより好ましい」か「BはAより好ましい」か「AとBは同じくらい好ましい」のどれかが成り立つ。※完備性と推移性によって、首尾一貫した価値観が表現できる。

仮定3-4:選好について、推移性(Transitivity)が成り立つ。好ましさの大小関係は矛盾しない。「AはBより好ましい」かつ「BはCより好ましい」ならば「AはCより好ましい」が成り立つ。※完備性と推移性によって、首尾一貫した価値観が表現できる。

仮定3-5:選好を表現できる効用関数Uが存在する。任意の二つの選択肢A,Bについて、AはBより好ましいのならばU(A)>U(B)、AとBは同じくらい好ましいのならばU(A)=U(B)となる関数Uが存在する。※効用関数とは、価値観であると解釈できる。効用関数概念によって、具体的な価値観の違いや良し悪しに依存せずに、万人にとっての幸せを統一的に論じることができる。

仮定3-6:財の量は、限りなく細かく調整である。※微分を可能にするために仮定する。

仮定3-7:効用関数は微分可能で、その導関数は連続である。※微分を可能にするために仮定する。

仮定3-8:限界効用は0より大きい。財iを追加的に1単位増やした際、効用は必ず増加する。※財を価値あるものとして定義しているため。

$$財iの限界効用=\frac{ \partial U(X_1,X_2, \cdots X_n)}{ \partial X_i}>0$$

仮定3-9:限界代替率は0より大きい。※「限界効用は正」から導かれる。すでに限界効用は0より大きいことを仮定しているので、財1がどんなに大きくても、財1の消費を1単位増やした際に、同一の効用水準を維持するために、消費をやめなければならない財2の量は正になるからである。

$$限界代替率=MRS(X_1,U)>0$$

仮定3-10:限界代替率は逓減する。限界代替率がX1で微分可能であるとすると、

$$限界代替率=\frac{ \partial MRS(X_1,U)}{\partial X_1 } <0$$

である。つまり、財1の消費量が大きくなると、財1の消費を1単位増やした際に、同一の効用水準を維持するために、消費をやめなければならない財2の量は減っていく。※財1の希少性が減ると、財1ではなく財2をより好ましいと感じると仮定する。

仮定3-11:財の価格P、利子率r、時給wは自分の意思で変えられない。※無数の人々の間で決まる需要と供給によって価格は決まるので、一人の意思では価格は変えられないと仮定する。

その他の知識

 本章では、以下の知識を用いる。

・幾何(共有点、接点、接線)

・座標平面(直線)

・微積分(偏微分、全微分、ラグランジュの未定乗数法)

・数列(総和Σの記号、総乗Πの記号)

・集合(maxの記法、minの記法)

命題

基本命題

・命題3-1:人は主観的評価が客観的評価を上回る財を取得する