この記事ではミクロ的基礎づけから導かれたニューケインジアン・モデルのマクロ経済変数に関する非線形な方程式における定常均衡を議論する。なぜかというと、ミクロ的基礎づけから導かれたニューケインジアン・モデルのマクロ経済変数に関する方程式は、非線形でわかりにくいからだ。線形とはグラスにしたときに直線や平面になるような「直線っぽい変数の関係性」であり、非線形とは「直線っぽくない」つまり「ぐにゃぐにゃしてる関係性」要するに「入り組んだ複雑で難しい関係」ということである。
難しい関係について議論するときの定番は、定常均衡について議論することである。メカニズムは複雑でも、現象が安定的に推移することはありえ、それは何らかが釣り合っているということである。そういうものは議論しやすい。実際に、ナッシュ均衡も市場均衡も動学的なプロセスは考慮せず「なぜか均衡が実現している」と仮定して考えはじめる。
議論を先取りすると、定常均衡では次が成り立つが、この記事は基本的にスキップしてよい。やっぱりせっかくなので状況が安定しているときの話より、いろいろなモノが破綻して変数が動いているときの話をしたい。そんな場合は、対数線形近似か動的計画法(DP)のテクニックが必要になる。
$$\beta (1+i^*) =1+\pi^*$$
$$w^*=(L^*)^{\chi_L} (C^*)^{\chi_C}$$
$$(1-\beta)\phi_m \pi^* (1+\pi^*) = (1+g )(1- \theta ) + \theta w^* $$
$$\left(1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)Y^*=C^* $$
$$Y^*=L^*$$
$$インフレゼロでないときの定常賃金w=\frac{ (1+g )(\theta -1)+(1-\beta)\phi_m \pi (1+\pi) }{\theta }$$
$$インフレゼロの定常賃金w=\frac{ (1+g )(\theta -1) }{\theta }$$
$$インフレゼロの定常名目利子率(自然利子率):r^*=i^*_{\pi^*=0}=1-\frac{1}{\beta}$$
「ニューケインジアン・モデル」解説シリーズ
企画:「しまうま総研 より良い社会のための思考法 / 3段落で簡潔明瞭」>「よりよい社会のための経済学入門」>「ニューケインジアン・モデルについて」
第1回:ニューケインジアン・モデルについて(必読 / 難易度中)
第2回:家計、最終財企業、中間財企業、市場均衡条件のミクロ的基礎について (スキップ可 / 難易度高)
第3回:非線形動学と非線形定常均衡について(スキップ可 / 難易度高)
第4回:対数線形化と対数線形近似について(スキップ可 / 難易度高)
第5回:GDPギャップとインフレの社会厚生について
第5回:テイラー・ルールと定常均衡について
第6回:中間財市場と最適財政政策について(必読 / 難易度中)
第7回:労働市場と非効率な雇用水準について
第8回:最終財市場とGDPギャップについて
第9回:独占的競争と短期なインフレについて
第10回:粘着的な価格とインフレの平準化について
第11回:最適金融政策とインフレ・バイアスについて
第12回:動学的確率的一般均衡モデルへの拡張について
第13回:Dynareを用いたシミュレーションについて
補講:DynareをMATLABで動かすための環境構築について / DynareをOctaveで動かすための環境構築について
主要な参考資料
・仲田泰祐(2020)「ゼロ金利制約下の 金融政策 FRBの政策運営」 (モデルは仲田(2020)と同じ)
・楡井誠(2023)「マクロ経済動学: 景気循環の起源の解明」
問A:動学
問A(動学) 非線形な動学モデル
「ニューケインジアン・モデルのミクロ的基礎について」を参照し、民間部門の最適化行動と市場均衡条件をまとめよ。家計の消費の異時点間選択についてのオイラー方程式、家計の労働余暇選択式、家計と最終財企業と中間財企業から導かれたニューケインジアン・フィリップス曲線、最終財の市場均衡条件、マクロ生産関数についてまとめよ。
$$C_{t+1}^{\chi_C} \frac{\beta (1+i_t )}{1+\pi_{t+1}} = C_{t}^{\chi_C}$$
$$w_t=L_t^{\chi_L} C_t^{\chi_C}$$
$$\phi_m \pi_t (1+\pi_t) = (1+g )(1- \theta ) + \theta w_t + \beta \left( \frac{C_t}{C_{t+1}} \right) ^{\chi_c} \left( \frac{Y_{t+1}}{Y_t} \right) \phi_m \pi_{t+1} (1+\pi_{t+1}) $$
$$Y_{t}=C_t+\frac{\phi_m}{2} \pi_t ^2 Y_{t} $$
$$Y_t=L_t$$
問B:定常均衡
問B-1(定常均衡) 非線形な定常均衡
問B-1(定常均衡)定常均衡を定式化しよう。定常均衡の変数は*をつけよ。なお、定常均衡での補助金率をgと表記する。g*でないのは、補助金率は外生的に決定されることを強調するためである。
(1)ニューケインジアン・モデルの定常状態を定式化せよ。できればインフレ率が0でない場合の実質賃金も求めよ。定常均衡の変数は*をつけよ。(※この問題ではX*はインフレ率0でない定常均衡も含む)
(2)インフレ率0の場合のニューケインジアン・モデルの定常均衡を解け。同じく定常均衡の変数は*をつけよ。
(3)自然利子率r*を求めよ。自然利子率r*とは、インフレ率0の場合の定常均衡における名目利子率である。
(4)インフレ率0の場合、定常賃金w*を求めよ。
(1)
定常均衡では
$$(C^*)^{\chi_C} \frac{\beta (1+i^*)}{1+\pi^*} = (C^*)^{\chi_C}$$
$$w^*=(L^*)^{\chi_L} (C^*)^{\chi_C}$$
$$ \phi_m \pi^* (1+\pi^*) = (1+g )(1- \theta ) + \theta w^* + \beta \left( \frac{C^*}{C^*} \right) ^{\chi_c} \left( \frac{Y^*}{Y^*} \right) \phi_m \pi^* (1+\pi^*) $$
$$Y^*=C^*+\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 Y^* $$
$$Y^*=L^*$$
よって
$$\beta (1+i^*) =1+\pi^*$$
$$w^*=(L^*)^{\chi_L} (C^*)^{\chi_C}$$
$$(1-\beta)\phi_m \pi^* (1+\pi^*) = (1+g )(1- \theta ) + \theta w^* $$
$$\left(1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)Y^*=C^* $$
$$Y^*=L^*$$
となる。賃金については
$$インフレ率0でないときの定常賃金w=\frac{ (1+g )(\theta -1)+(1-\beta)\phi_m \pi (1+\pi) }{\theta }$$
(2)
さらに、インフレ率π=0における定常均衡は
$$1+i^*=\frac{1}{\beta}$$
$$w^*=(L^*)^{\chi_L} (C^*)^{\chi_C}$$
$$0= (1+g )(1- \theta ) + \theta w^* $$
$$Y^*=C^* $$
$$Y^*=L^*$$
よって
$$1+i^*=\frac{1}{\beta}・・・自然利子率$$
$$w^*=(Y^*)^{\chi_L+\chi_C} →Y^*=\left( \frac{(1+g )(\theta -1)}{\theta} \right)^{\frac{1}{\chi_L+\chi_C}}$$
$$w^*= -\frac{(1+g )(1- \theta )}{\theta}=\frac{(1+g )( \theta -1)}{\theta } $$
$$Y^*=C^* $$
$$Y^*=L^*$$
まとめると、インフレ率π=0の場合の定常均衡は
$$\pi^*=0、1+i^*=\frac{1}{\beta}$$
$$Y^*=C^*=L^*=\left( \frac{(1+g )(\theta -1)}{\theta} \right)^{\frac{1}{\chi_L+\chi_C}}$$
(3)
インフレ率0のときの定常名目利子率=自然利子率は
$$自然利子率:r^*=i^*_{\pi^*=0}=1-\frac{1}{\beta}$$
(4)
(2)より、インフレ率0のときの定常賃金は
$$w^*= \frac{(1+g )( \theta -1)}{\theta } $$
問B-2(定常均衡) 定常均衡でのGDP
問B-2(定常均衡のGDP) GDPについての次の問いに答えよ。
(1)インフレ率が0でない場合も考慮して、定常均衡の名目GDPを求めよ。均衡インフレ率π*は所与のものとしてよい。(※この問題ではX*はインフレ率0でない定常均衡も含む)
(2)実質経済成長率は何か?
(1)
$$名目GDP=P_t Y_t$$
であるので、定常均衡のYを求め、物価Pをかければ良い。インフレ率π=0をまだ仮定していない問9(1)の次の3本の式
$$w^*=(L^*)^{\chi_L} (C^*)^{\chi_C}$$
$$(1-\beta)\phi_m \pi^* (1+\pi^*) = (1+g )(1- \theta ) + \theta w^* $$
$$\left(1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)Y^*=C^* $$
$$Y^*=L^*$$
よりGDPについては次のことが言える。
$$w^*=(Y^*)^{\chi_L} \left( \left(1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)Y^* \right)^{\chi_C}$$
$$w^*=(Y^*)^{\chi_L+\chi_C} \left( 1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)^{\chi_C}$$
$$Y^*=\left( \frac{w^*}{\left( 1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)^{\chi_C}} \right)^{\frac{1}{\chi_L+\chi_C}}$$
インフレ率0でないときの定常賃金を代入して
$$=\left( \frac{\frac{ (1+g )(\theta -1)+(1-\beta)\phi_m \pi^* (1+\pi^*) }{\theta }}{\left( 1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)^{\chi_C}} \right)^{\frac{1}{\chi_L+\chi_C}}$$
$$=\left( \frac{ (1+g )(\theta -1)+(1-\beta)\phi_m \pi^* (1+\pi^*) }{ \theta \left( 1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)^{\chi_C}} \right)^{\frac{1}{\chi_L+\chi_C}}$$
になる。したがって、
$$名目GDP=P_t \left( \frac{ (1+g )(\theta -1)+(1-\beta)\phi_m \pi^* (1+\pi^*) }{ \theta \left( 1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)^{\chi_C}} \right)^{\frac{1}{\chi_L+\chi_C}}$$
なお、定常均衡では物価上昇率πが一定なだけで、物価は定常均衡でも変動する可能性があるのでPtを用いるべきである。P*ではない。
(2)
$$名目GDP=P_t \left( \frac{ (1+g )(\theta -1)+(1-\beta)\phi_m \pi^* (1+\pi^*) }{ \theta \left( 1-\frac{\phi_m}{2} (\pi^*) ^2 \right)^{\chi_C}} \right)^{\frac{1}{\chi_L+\chi_C}}$$
上は物価以外のすべてのパラメーター、インフレ率は時間一定になっている。よって、物価の影響を除いた実質経済成長率は0である。